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AIは代わってくれない研究のプロセス

2020年2月24日 (月) 投稿者: メディア技術コース

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研究のプロセス

こんにちは。メディア学部では卒業研究発表と大学院の最終審査がちょうど終わった時期です。ここではメディア学部に限らない研究そのもののプロセスをまとめてゲームマップ風?にまとめてみました。図では単純化していますが、各プロセスは場合によっては前の段階に戻って方針を練り直す必要が生じることが多々あります。卒業研究や大学院の研究活動では、1年(または2年)かけて試行錯誤とチャレンジを繰り返すことそのものが、研究以外においても今後必要となる問題発見や科学的・論理的思考といった力を培うのに役立つことでしょう。これから研究を始める皆さんも、厳しくも楽しい1年を過ごすことにより自分の成長を実感できると思いますのでぜひ頑張ってください。

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夕日を浴びる本部棟   

メディア技術コース 越智

Global Game Jamから得るものは?

2020年2月23日 (日) 投稿者: メディアコンテンツコース

メディア学部の三上です.

2020年1月31日から2月2日にかけて開催されたGlobal Game Jam(GGJ).怒涛の週末が過ぎて参加者の皆さんは日常に帰っていきました.わずか48時間,足掛け3日の出来事なのですが,プロ・アマ・学生問わず,様々な人がいろいろなことに気付く貴重な時間になっています.

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もともとGGJがスタートした2008年ごろはコンソールゲーム(家庭用ゲーム)やPCゲームが主流で,大規模なゲームだと開発に3,4年かかることもあります.企画から完成まで同じプロジェクトにいられないこともあったり,仕事が細分化されてゲーム開発の全体像が見えにくいなどいろいろ課題がある時期でした.そこで,「もっとゲームを作る根本を楽しもう,週末だけでもはじけて,あの大好きなゲームを作ってみよう!」みたいな風潮のもと,不可能ともいえる48時間のなかでゲームを生み出すこのイベントがスタートしています.

東京工科大学は2010年1月からGGJの会場運営をスタートさせました.そして翌年の2011年にはUnityがGame Jameのシーンに君臨します.それまでは開発することそのものがチャレンジで,完成したら称賛されるというような状況でしたが,ゲームエンジンがその環境を変えます.

プロの現場でも利用できるレベルのツールを自由に会場に持ち込み,他の参加者と共通で使える.今では「ゲーム開発の民主化」などと言われるように,専用の開発会社だけが,独自の開発環境を駆使して開発できた時代から,誰でもが挑戦できる時代に変わったと言えます.

そして,それはスマートフォン向けゲームの隆盛と相まって,ゲーム開発が新たなフェイズを迎えることにつながっていったと言えると思います.

さて,GGJに参加した学生は,プロと同じ課題に取り組み自分の現時点の実力やプロとの違いに気付いたと思います.通用するところ通用しないところ,自分のいいところダメなところ.GGJの期間だけで成長するものではなく,そこで得た気付きをもとにこれからどのように学んでいくのか,自分を高めていくのかが大事だと思います.

何しろ,プロだって遊びに来ているわけではなく,GGJを通じていろいろなことを試したり,気付いたりしてまた成長していくのですから.

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文責:三上浩司

卒業論文提出物語(2019年度編)

2020年2月22日 (土) 投稿者: メディアコンテンツコース

こんにちは。

メディア学部では、卒業論文の提出の機会が2回あります。1回目は、卒業研究発表会の審査用の論文を1月20日前後(2019年は1月17日と20日でした)に、2回目は、2月28日までに卒業研究発表会での質疑やコメントなどを踏まえて修正した、最終論文を提出します。
今日は、1月の卒業論文提出で起きたおもしろ事例を紹介します。

1月の審査用論文提出は、論文のハードコピーと一緒に、論文の内容に誤りがないかを確認したチェックシートと、論文を提出したという証明になる受領書を提出します。

ある学生さんが、参照エラーが起きている論文を提出しに来ました。
チェックシートには、受け取り会場での確認の手間を削減するために、卒業論文のタイトルに間違いがないか、概要が書いてあるか、キーワードが書いてあるか、参照エラーが起きていないか、などのチェック項目があります。
「あぁ、あまりチェック項目を読まず、適当にチェックしてきちゃったのかな・・・」と思って、チェックシートを見てみると、ちゃんとその欄はチェックされていないのです。きちんとチェックシートに沿って確認はしているのです!
結局、参照エラーを修正してもらいましたが、気づいた時点で直してくれていれば2度提出に来なくてもよかったのに…と思います。

もう1つ。卒業論文は2穴のファイルに綴じて提出するのですが、穴あけパンチで一度に開けられる枚数が少ないのか、穴の位置がずれてガチャガチャな状態で提出してくる学生さんがいます。
通常、穴あけパンチにはセンターの印がついていると思うので、ガイドがないパンチでも、1枚不要な紙を半分に折って、それで中心を合わせれば、きれいに穴が開くはずなのですが、何となくの匙加減で開けたのでしょうか・・・。
あまりにもひどい学生には再印刷をお願いしましたが、来年は、大型の穴あけパンチを提出会場に用意しようかなと思っています。

今年もほかにもいろいろありましたが、やっぱり忘れられないのは、昨年の「チェックシートと受領書だけを持参し、卒業論文を持ってこないという強者がいた」ことでしょうか。

来年度はどんなことが起きるのか、ちょっと楽しみです。

(文責:竹島)

仕事は楽しいもの

2020年2月21日 (金) 投稿者: メディアコンテンツコース



私のうちのカレンダーには、毎週ひとつだれかの金言が載せられています。それを見るのが楽しみですが、ときどき「おやっ?」と思うことがあります。例えば、以下は寛政の改革で有名な松平定信の言葉がだそうです。

 楽しきと思うのが
 楽きの基なり

 松平定信

これはちょっと、意表をつかれた気がしますね。腐敗した賄賂政治を立て直した堅物政治家かと思いきや、粋な言葉を残されたものです。なにごとも楽しんでやらなければいけない。そうですよね、むしろ、こういう考え方ができたからこそ、天明の大飢饉から藩政を立て直す難事業をやりとげられたのですね。

一方で、先週のNHKラジオ講座では、こんな言葉が紹介されていました。「ピーターパン」の原作者でもある、J.M.バリイ 氏が残された言葉です。

 できれば何かほかのことをしたいと思わない仕事は、本当の仕事ではない。

 Nothing is really work unless you would rather be doing something else.
 James Matthew Barrie


「家に帰って寝てたほうがまし」とか「こんなの早く終わってゲームしたい」とか思うくらい大変でないと、それは本物の仕事ではない。仕事はツラくて当然ということですね。現代にも通じるポイントを押さえた、いい言葉ですね。

でも、このふたつの金言格言を並べてみると、おたがいに矛盾して聞こえます。
はたして仕事というものは、楽しむべきものなのでしょうか。
多少辛くとも、頑張ってやるべきものなのでしょうか


私は答えを、次のように考えてみました。

 本当の仕事というものは「早く終わって別のことしたい」と思うほどツラい。
 しかし、それでもそれを楽しんでやることが大事である。


あれ、ちょっとこれでは仕事中毒みたいですね。
あまり、いい答えではないようです。
みなさんも考えてみていただけますか?

 

コンテンツコース・佐々木が担当しました。

 

二番目も大事です

2020年2月20日 (木) 投稿者: メディアコンテンツコース




「二番ではダメなんですか?」というフレーズが、一時期流行となりました。私の答えは「二番も大事」と決まっています。特に、映画の撮影では絶対にそうなのです。

映画のオープニングタイトルで、クレジットされるのは、監督、カメラマン、編集マン、作曲家、キャスティングディレクターなど「一番メインのスタッフ」と決まっています。ところがエンド・クレジットをよく見ると「二番目」の人たちの名前も載っているのです。みなさん、お気づきだったでしょうか?

その二番目の人たちは「セカンド・ユニット( 第二班 )」と言って、メインのスタッフが撮影する余裕の無いシーンを担当するのです。遠方の海外ロケや、俳優が登場しない情景シーンなどを担当することが多いです。

ジョージ・ロイ・ヒル監督の名作「明日に向かって撃て」でも、その第二班が活躍しました。第二の監督の名前は、ニッキー・ムーア、第二のカメラマンは、ハロルド・ウェルマンと言って、メインのカメラマンである、コンラッド・L・ホールの親友です。

この映画で彼らが担当した仕事が、実はまさにオープニングタイトルの映像だったのです。ブッチ・キャッシデイとサンダンス・キッドが活躍した時代の列車強盗のシーンを、古びたクラシック映画のテイストで撮影しました。悲しげなトーンのピアノと、この映像の組み合わせがあまりに良くて、肝心のメインスタッフのクレジットが頭に入らないくらいです。

私自身は、実はこのオープニングタイトルは、何か昔の映画のフィルムを拝借して作ったものとばかり思っていたのですが、最近これが、セカンド・ユニットによって新たに撮影された映像であったと知りました。騙されるほど、よくできたクラシック映画のシーンですし、メイン監督のジョージ・ロイ・ヒル監督もとても気に入っていたとか。

「明日に向かって撃て」では、このように本編とテイストを別にする挿入シーンがいくつかあって、それが映画全体を引き締めて、いい意味での気分転換となっています。「雨にぬれても」の挿入歌で有名な自転車シーンもその一つで、ともすれば悲劇的なトーンになりそうなこの作品に、永遠に消えない明かりを一点灯しています。「第二のチーム」が残した映像も、あちらこちらでこの映画を引き締める役割を果たしています。

撮影賞も含めて、アカデミー賞を三つも受賞したこの作品ですが「二番目」のクルーの働きがなければ、ここまでの名作にはならなかったはずです。「二番目」あっての「一番目」だったのです。ということで、私の答えは「二番目も大事」なのです。

さて、現代の日本に目を向けてみましょう。
「一番」や「二番」と、順位を競うというのは社会のひとつの仕組みでもあります。

大学でもやはり、良い成績をとることは大事です。しかし大学での勉強や研究で、もっと大事にされていることは「独創的」であることかもしれません。たとえ何番目であろうとも、自分らしく自分の視点でものごとを考えることこそが重要なのです。

みなさんも、大学に入学したら、順位や競争から一旦フリーな気持ちになって「自分らしい研究テーマ」をみつけてみてはいかがでしょうか。


(この記事は、佐々木の個人ブログの記事から転載・修正したものです)

 

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