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今年はオンライン出展「東京ゲームショウ2020」

2020年9月17日 (木) 投稿者: メディアコンテンツコース

メディア学部の三上です.

今年は前期が例年より遅く,大学の夏休みは少し遅くスタートしましたが,あっという間に秋が見えてきました.メディア学部の秋といえば「東京ゲームショウ」です.

今年は遠隔での開催となりましたが,学生たちも遠隔でゲームの開発を進め,間もなく完成する見込みです.

ぜひ,皆様お越しいただければと思います.

以下はプレスリリースです.
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東京工科大学(東京都八王子市、学長:大山恭弘)メディア学部は、923()(注1)から27()に開催される「東京ゲームショウ2020オンライン」に出展いたします。

(特設サイトURLhttps://www.teu.ac.jp/gameshow2020/index.html)※924日開設予定

 

本学部では、2003年よりゲーム制作の総合的な教育や研究に取り組んでおり、「東京ゲームショウ」には2007年に国内の4年制大学として初めて出展し14年連続での参加となります。初のオンライン開催となる今回は、VR(仮想現実)空間上でイベントが体験できるSNScluster(クラスター)」を活用し、1年生〜3年生200名余りが履修する「プロジェクト演習」(注2)の成果として、3年生が制作したゲーム5作品を仮想空間上で発表。作者の学生らとコミュニケーションする機会を提供します。また同作品は、特設サイトよりダウンロードして試遊いただくことができます。

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このほか、AIVR、生体情報の分析などを活用した次世代のゲーム体験や表現の高度化のため技術をはじめ、ゲームのプロモーションやビジネス、地域連携、教育、社会問題解決への活用など、メディア学部で取り組んでいる様々な研究についても同特設サイト内で紹介します。

 

 (注1) 923日はオンライン商談会のみ

 

 (注2) 1年次から3年次の選択科目「インタラクティブ・ゲーム制作」。実際の現場を想定したさまざまな役割を担う610名のメンバーでチームを構成し、集団制作による実践的なものづくりを体験するとともに、「東京ゲームショウ」で一般に発表することで今後の大学での学びに活かすことを目的としています。

 

東京工科大学メディア学部

国内初のメディア系学部として1999年に設立。「メディアコンテンツ」「メディア技術」「メディア社会」の3コース専攻で、講義と演習を効果的に組み合わせた特色のある教育を実施しています。他大学に先駆けてゲーム制作の総合的な教育や研究に取り組んでおり、基礎技術を習得する演習から知識を総合的に蓄積する講義、さらにはゲーム開発技術の発展可能性を探る研究などを行っています。平成16(2004)年度にはゲーム関連の教育としては日本で初めて文部科学省認定「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」(現代GP)に選出されました。東京ゲームショウへの出展のほか、2010年から世界規模のゲーム開発ハッカソン「グローバルゲームジャム」の国内メイン会場の一つとなっており、学生がプロとチームを組んでゲーム制作を体験する貴重な実学の場となっています。

シナリオアナリシスでよくある質問(おすすめの映画)その3 「アンハッピーエンド作品」

2020年9月16日 (水) 投稿者: メディアコンテンツコース

みなさん,こんにちは。メディア学部実験助手の菅野です。

前回は「主人公が最後に死ぬ作品」として「グラディエーター」を取り上げたのですが「主人公は最後に死なないが悲劇的な結末を迎える作品」のシナリオを作りたい、という学生さんもまた数多いです。

そこで今回紹介するのはこの映画です。

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『ローマの休日 (1953)』(ROMAN HOLIDAY

監督
ウィリアム・ワイラー

脚本
イアン・マクレラン・ハンター
ジョン・ダイトン
ダルトン・トランボ

参考URL
https://movies.yahoo.co.jp/movie/25599/

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 あらすじをまとめますと・・・

 「とある王室の王位継承者であるアン王女は、各地の訪問業務を精力的にこなしていたが、過密スケジュールによるストレスから、ある日の晩、宿舎を密かに抜け出してしまう。疲れから無防備にベンチで眠ってしまったアンは、偶然通りかかり、心配して声をかけた新聞記者のジョーのアパートで宿を借りることになった。

その後、アンはジョーと共にローマの街を思うままに散策し、自由な時間を楽しんだ。やがてふたりは強く惹かれ、互いに恋心を抱き始めるが、ほどなくしてアンの総索員に追われることになってしまう。ふたりはなんとか逃亡を続けたものの、ジョーを危険に晒し続けるわけにはいけないアンは、王室の業務へ戻っていった

アンは王女として復帰し、記者会見に出席すると、いち新聞記者としてジョーも姿を現した。アンはジョーの取材質問に対して、複雑な思いを抱きつつも、毅然とした対応をしてみせた。ふたりの恋は成就しなかったが、アンは王女として大きく成長をとげたのだった」

とても古い映画ですが、そのタイトル名は誰もが一度は聞いたことがあるのではないか、と思います。そして、この作品はラブロマンスの代表作としても広く知られていますが、あらすじに書きましたように「最後に恋は成就しない」作品です。
男女の恋愛を描く作品なら、基本的には最後には結ばれて欲しいと願うのが視聴者側の心情ですが、この作品ではそうならなくても消化不良感がありません。これは主人公のアンが、恋愛を通じて自分の責任を強く認識するようになり、王女として自立する姿を描いているからです。

冒頭で「悲劇的な結末の作品のシナリオを作りたいという人は多い」と述べましたが、とにかく「主人公が最後に死ぬ」だけでは視聴者に満足を与えられないように、「主人公の恋が成就しない」だけでは、視聴者に満足を与えることができません。そして視聴者が満足できない作品は、最悪の場合、方々からお金を返せとクレームが来ることになり、大問題となるでしょう。

悲劇的な結末のことを「バッドエンド」と表することがありますが(言葉の定義次第ではあるものの)厳密には「バッドエンド」と「アンハッピーエンド」は別物です。「バッドエンド」の中には、辻褄が合わないエンディング、伏線投げっぱなしのエンディング、唐突すぎるエンディングが含まれます。一方、「アンハッピーエンド」は単純に悲劇的な結末のことを指すので、「ローマの休日」は、恋愛としては「アンハッピーエンド」の作品ですが、主人公が成長を遂げたエンディングになっているので、納得できない「バッドエンド」の作品ではないのです。

 今回は、だいぶ古い作品を紹介しましたが、映像的な派手さはないものの、ストーリーの作り方や満足感の与え方で、参考になる作品は数多くあるので、古い作品も是非観て欲しいと思います。

(文責:兼松祥央)

ディジタルスクラップブックという研究テーマ その2

2020年9月15日 (火) 投稿者: メディアコンテンツコース

みなさん,こんにちは.メディア学部助教の兼松です.

前回の私の記事では,私や私が関わる学生が研究でよく取り扱う「ディジタルスクラップブック」について簡単に紹介しました.
前回も書いたように,この研究の軸は簡単に言えば既存の技術・ノウハウのアーカイブです.

デジタルスクラップブックを紹介するとよく誤解されるのは,「既存作品の技術(例えば照明のあて方など)をそのまま使っても,パクリになるだけでは?作品の個性が出ないのでは?」といったことです.
私はシナリオ,キャラクター,演出に関するデジタルスクラップブックの研究・開発に携わっていますが,もちろん作品全てをアーカイブされた情報のみで構成してしまうと,パクリとは言わないまでもどこかで見たことある要素ばかりの作品になってしまいます.

しかし,自主制作でもなんでも映像作品を作ろうとした方は経験があると思いますが,「あの作品のああいう雰囲気を自分の作品でも表現したい」と考えることはよくあります.また,作品制作の打ち合わせや,各工程の担当スタッフへ指示を出す際にも既存作品を例に挙げることもよくあります.そういった際に,該当作品で用いられている技術やノウハウがすぐに調べられることはとても価値があると考えています.映像制作に関する様々な教則本などで既存作品の例が紹介ことと同じですね.

また,デジタルスクラップブックでは,様々なデータをデジタルデータとしてアーカイブしています.したがって,自分で作ったモデルに既存作品の特定のショットの照明をとりあえずあててみて,意図通りになるか,見栄えはどうかなどを簡単に検証することができます.
このように,デジタルスクラップブックはアーカイブされたノウハウを駆使して,自分の作品に適したやりかたをしっかり検討することを支援するために研究しています.

私が一番最初にやったデジタルスクラップブック関連の研究は学部時代の卒業研究です.

[CG映像制作における簡易ライトエディタの研究, 芸術科学会, 第6回NICOGRAPH 春季大会 論文&アート部門コンテストポスターセッション, 2007]

この時はまだデジタルスクラップブックという言い方はしていませんでした.私の初めての学会発表でもあります.
また,この研究の続きとして,

[Research on Digitizing Lighting information from the Movies, 芸術科学会, NICOGRAPH International 2008]

こういった研究も発表しています.こちらは初めての国際会議ですね.
これらの研究では主に,既存作品の人物照明にフォーカスをあててアーカイブしました.被写体・演出対象となるキャラクターの,怒りや悲しみといった感情に合わせた照明方法を検討するためのものです.

余談ですが,私は学部・修士課程のときと,博士課程のときでは指導教員を担当していただいた先生が違います(最初の指導教員の先生が定年退職したため).博士の指導教員の先生とは,上記1つめの学会発表のときに出会いました.
私の発表を聞きに来てくれて,色々と質問などしてくださったのですが,初めての学会発表でかなり緊張していたこともあって,「なんて無茶振りをしてくる人なんだ!」と,若干悪印象があったのを今でも覚えています(笑).今でもお世話になりっぱなしなので,あのときはこんなにも長くお世話になるとはこれっぽっちも思っていませんでした.

(文責:兼松祥央)

シナリオアナリシスでよくある質問(おすすめの映画)その2

2020年9月14日 (月) 投稿者: メディアコンテンツコース

みなさん,こんにちは。メディア学部実験助手の菅野です。

今回も「プロのシナリオライターを目指すなら見ておいたほうが良い作品はありますか?」という相談があった際に、挙げる作品を紹介します。今回は・・・

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『グラディエーター』(Gladiator

監督:リドリー・スコット
脚本:
デヴィッド・フランゾーニ
ジョン・ローガン
ウィリアム・ニコルソン

 参考URL
https://movies.yahoo.co.jp/movie/160256/

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 まず、あらすじをまとめますと・・・

 「主人公である大ローマ帝国の将軍マキシマスは、皇帝の息子コモドゥスから皇位継承を巡って疎まれ、妻子を殺されたうえ、自身も奴隷としてアフリカに売り飛ばされてしまう。
だが、剣闘士(グラディエーター)になって生き抜き再びローマへ戻ったマキシマスは、剣闘士として観衆の支持を味方につけ、コモドゥスを闘技場での一騎打ちに引きずり込むと、自らの命と引き換えにコモドゥスをうち倒し、復讐を果たした」

このタイトルを紹介する理由は明確で「主人公が最後に死ぬから」です。
大変興味深いことなのですが、シナリオを書こうとする学生の中には「主人公が最後に死ぬ話を書きたいです」と言ってくる人が定期的に現れます。もちろん毎回別な人です。
ところが、いざ具体的な内容を教えてもらうと「主人公が最後に死ぬ」という、構想だけが強すぎるせいか、唐突に「主人公が死ぬ」とか、特に必然性もないが「主人公が死ぬ」という内容だったりします。

たしかに「主人公が最後に死ぬ」という内容は、とてもショッキングで強く印象にも残ります。しかし、とにかく主人公が死ねばいいというわけではなく、「最後に」至るまでの過程と理由がきちんと表現される必要があるのです。その意味で、映画「グラディエーター」は最後に主人公が死んででも目的を達成する理由や過程がとても分かりやすい作品になっています。

余談ですが、東京工科大学メディア学部では過去にこんな研究発表をしたことがあります。

 『人の死の要素を含む作品分析に基づくストーリー制作手法の研究』
https://ci.nii.ac.jp/naid/130007803413/

「主人公が最後に死ぬ」作品は大学での研究テーマになるぐらいのトピックなので、「主人公が最後に死ぬ」作品が記憶に残っているみなさんは、今回のグラディエーターに限らず、色々見てみると、シナリオを書く際に役立つかとおもいます。

(文責:兼松祥央)

鉄道好きの人生(その4)「交通博物館」

2020年9月13日 (日) 投稿者: メディア社会コース

埼玉県大宮にある鉄道博物館ではない。神田万世橋にあった、交通博物館のことである。物心ついて以来、交通博物館には何度も連れて行ってもらった。今回の連載の最後に、交通博物館の思い出について触れてみよう。

1960年代初めの東京は、総武線の車窓に飛び込む、隅田川の黒く濁った色、鼻を突く悪臭、当時の象徴であるスモッグである。そして微かに記憶する、トロリーバスと都電、架線を天蓋にした銀座、日本橋の街並みである。余談であるが、この辺りも、母に連れられてよく出かけた。おそらく、浅草橋で都電に乗り、室町を経て日本橋に出て、三越、白木屋(COREDO日本橋)、高島屋にはしごしたと思われる。当然、呉服巡りは子供には面白くなく、一人おもちゃ売り場、屋上で遊んでいた。あまりの多動ぶりに、母はいつも青ざめていたらしい。

さて、千葉から総武線に一時間ほど揺られ、今やまったく別の街になった秋葉原で降り、交通博物館に向かって、嬉々として父の腕をひっぱって行った。館内に入ると、大きなホールにC57が出迎え、吹き抜けの天井には、複葉機が浮かんでいた。大宮の鉄道博物館と違って、交通博物館には、自動車、航空機、船舶の貴重な展示もあった。しかし、もっぱら鉄道専門だったので、惜しいことに興味がなかった。幼い目に強く焼き付いたのは、図鑑で見慣れていた修学旅行用クハ167の朱と黄の鮮やかなツートンカラー、サシ151を模したこだま型食堂、重厚な石造りの階段、数々の国鉄型模型車両、そして屋外に展示された弁慶号である。その後も、小学校の低学年ぐらいまで通った。

閉館の決まった2006年、まだ幼い上の子を連れて、何十年ぶりに銀座線神田駅から万世橋に向かった。その建物(貴重なモダン建築であったという)、入場券売り場、玄関の古き良き佇まい、館内の喧騒、何もかも変わっていなかったように思う。手すりに触れるとひんやりとした石造りの階段も健在であった。子供は、「見てるばかりでつまんない」と不平タラタラであったが、じっくりと見聞を続けた。残念であったのは、当日特別公開されていた、旧万世橋駅遺構を見学できなかったことである。つくづく一人でくればよかったと思った。閉館されたその日は、奇しくも筆者の誕生日である。

(メディア学部 榊俊吾)

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