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美人投票

2010年12月 8日 (水) 投稿者: media_staff

美人投票とは、ミス○○のような美人コンテストのことではない。美人コンテストでは、各審査員がそれぞれの絶対的な審美眼によって歴史や民族、国/地域を超えて誰が見ても文句のない美人を選ぶ、これが建前である。しかし、ここでいう美人投票とは、誰が一番の美人かを当てる、かのケインズが株式市場を例えたものである。つまり、自分が(誰が何と言おうと)一番美人だと思う人を選ぶのではなく、(他の人からも)一番に選ばれるだろうと思う人を選ぶのである。不思議なことに、美人投票では首を傾げたくなる美人が選ばれることがある。





社会にはこの美人投票に似た現象がよく顔を出す。メディア学部のブログにも実はこの種のメカニズムが隠れている。記事がアップされると、まずトップ記事として掲載されるから、新着記事は人目につきやすく、読まれる可能性が高い。もしたまたま読んでくれる人が集まれば、この記事は、(次のブログがアップされてトップ記事の欄を譲っても)次に人目につきやすい人気記事欄のところに掲載される可能性がある。人気記事欄に掲載されると、多くの人が読んでいるのだからと、また人目を集めやすくなる。かくて、筆者の記事のような地味なものでも、たまたま最初に読まれる偶然が重なると、(その内容の善し悪しとは別に)多くの人の注目を集めることになる訳である。



拙稿が人気記事にランクインされてしまうのはご愛嬌であるが、ビジネスの世界では、大企業といえどもその盛衰を左右することもある。



1980年代後半頃の話である。当時これまで電電公社が独占していた国内市外電話の通話サービスに新規事業者3社が参入した。うち2社は当初からネットワークの全国展開を計画したが、1社だけは、東京、名古屋、大阪を結ぶ東海道ラインに参入することを表明した。当時の企業/事業所間通話は主にこの東海道ラインに集中していたので、極めて利益率の高いこの地域にネットワークを集中投資し、十分体力がついてから全国展開する、というのがこの事業者の経営判断であった。企業という大口顧客を囲い込み、その通話需要の中心である東海道ラインに設備投資を集中すれば、収益も確保した上でコストを圧縮できるので、冷徹に利益を追求するこの事業者に関する限りきわめて合理的な経営判断といえた。



しかし結果は他の2社と明暗を分けることになった。合理的な意思決定の前提である加入者数が伸び悩み、累積する赤字を解消できず、結局この事業者は他社に吸収され、消滅してしまったのである。なぜか。電話は相手とつながらなければそもそも電話としての機能を発揮しない。ここに美人投票のメカニズムが潜んでいる。つまり利用者にとっては、自分だけの利害得失で事業者を選んでもだめで、相手がどこを選んでいるのかも非常に重要なのである。企業間の通話の中心がいかに東海道ライン上の加入者同士であっても、札幌や福岡の企業とも取引は存在する。当初から全国展開しているネットワークと(事業者側の都合で)東海道ラインしか通話できないネットワークとでは、利用者にとっての価値がまるで違うのである。特に、このように自分自身にとっての価値だけでなく、他の利用者の選択が自分の便益に影響を与えることを、ネットワーク外部性と呼ぶ。



商用技術の開発競争が繰り広げられるときにもネットワーク外部性が強く働くことが多い。古くはビデオのVHS対ベータ、そして、パソコンOSのWindows対Mac、最近ではブルーレイ対HD DVDが記憶に新しい。技術の標準化競争には、企業は言うまでもなくわれわれ消費者にとっても功罪両面ある。競争を通じて技術が進化するのはよいが、競争に敗れた方を選んでしまうと、それまでの蓄積が無駄になってしまう。企業にとっては投下した研究開発コストが回収できないし、消費者にとっては蓄積したソフトが無駄になってしまうかもしれない。筆者の最初のビデオはベータだったし、パソコンもMacであった。



一方、技術の方向性が決まり、標準化されると、企業にとっては研究開発や設備投資の領域も集中できるのでコストやリスクを削減できる。消費者にとっても量産化のおかげで、よいものを安く手に入れることができるようになる。しかし、よいことばかりではない。この美人投票で選ばれた技術は、誰が見ても文句のない美人であるとは限らない。しかもいったんミス○○の座についてしまうと美に磨きをかける努力を怠り、困ったことになかなかミスの座を降りようとしない。つまりネットワーク外部性が作用して標準化された技術は、競争に敗れた技術に比べて優れているから選択されたとは限らない。しかもこの技術が市場を独占してしまうと、他のよりすぐれた技術の誕生や実用化を阻み、競争が停滞して自身の進化も停滞する。これをロックインという。技術のロックインした社会に成長は生まれない(拙稿「無駄の効用」を参照)。



ビジネスの世界には、弱肉強食、適者生存のイメージがあるが、話はそう単純にはいかない。いいものを作れば必ず売れる、という訳ではないのである。工業技術を磨くことはむろん重要であるが、それだけではすまない。どんなサービスのプラットフォームを築くか、どこと手を組むかなど、システムとして全体を構想する能力、戦略も必要なのである。メディアビジネスコースで輩出したい人材像の一つである。

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