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おもしろメディア学 第10話 次の電車は10両編成です

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JRの八王子駅で「次の電車はXX両編成です」というアナウンスのテープが流れることがあります。XXの部分は実際に来る電車によって変わるのですが、例えば10両のときには「次の電車は10両編成です」というアナウンスになります。このアナウンスを聞いていると、そのイントネーションが変だなと感じます。「10両編成」の「10両」という部分についてです。試しに自分で「次の電車は10両編成です」と声を出して言ってみてください。それから「10両」という単語だけを発音してみてください。それぞれのイントネーションが違うことに気づかれるでしょうか?「次の電車は10両編成です」と文章で言うときには「10両」という部分は平板な読み方になりますが、単に「10両」と単語だけ言う時には「両」の部分が下がるようなイントネーションになると思います。それなのに、駅のアナウンスでは文章全体を読み上げているのに、10両の部分が単語だけを読むときのイントネーションになっているのです。

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何故、そんなことになっているのかを考えてみると、おそらく、何両編成のものにもテープに録ったアナウンスを対応させることができるようにするため、「次の電車は__編成です」という文章を録音したものと、「8両」とか「10両」とかの部分を個別に録音したものを組み合わせて使っているのではないかと思いました。実際にそうなのかどうかはちょっと調べた程度では分かりませんでしたが、もしそうだとするといくつか疑問に思うことがあります。一つは、実際に駅で使用する前に試して確認してみなかったのかということです。一度でも実際に組み合わせて聞いてみれば、イントネーションがおかしいことにはすぐ気づくはずです。もう一つは、これくらいの短さの文章であれば、わざわざ「XX両」のところだけ切り取って組み合わせるのではなく、文章全体で8両とか10両のアナウンスをそれぞれ別に用意しても全然問題がなさそうなことです。何故その程度の手間をおしんでこんなことをしたのでしょうか?

さて、このことを材料としてコンピューターでシステムやプログラムを創るときの考え方について話を拡げてみたいと思います。システムやプログラムというとすごく技術的なものだと感じると思います。そういうものを実行するには、技術的な知識がすごく必要なはずです。コンピューターがどのように働くのか、またプログラミングとはどのように行うのか、ということについて詳しいことが要求されるでしょう。そこで、そういったものを駆使して何かを創りあげるときに考えるのは、どのようにしたらその仕組みが実現できるのかということでしょう。駅のアナウンスの話を例に考えてみると、何両の場合でも対応できるアナウンスを用意するためには、アナウンスを分けて「XX両」のところだけ取り替えられるようにし、それを組み合わせることができるようにすればいいと考えるのではないでしょうか?

ところで、ここで考慮しなければならないのは、読み上げた録音をそのように組み合わせるときには、「10両」と単語だけ読むときでも、文章のなかに組み込まれたときに自然になるようなイントネーションで発声するということです。システムの設計を考えるときには、全体のものを考えやすい大きさの部分にバラバラにして、それぞれの部分毎に実現方法を考え、それを合わせて一つのものとします。個別のものをきちんと作れば全体はうまく動くはずという考えです。このような考え方は、科学や技術の世界では従来当たり前のものでした。物理学では世界の仕組みを理解するためにモノをどんどん分割していき、分子、原子や素粒子と調べていったのです。部分が理解できれば、その組み合わせとしての全体も理解できるという考え方です。プログラムの作成でも全体を部分毎に分けて開発し、うまく動くようになった部分を組み合わせて全体を作っていました。このようなやりかたで従来は大体うまくいっていたのですが、バラバラの小さな部分で分かったと思っていたことが、組み合わせて全体にすると全く違うことになってしまったという例が色々と知られるようになり、「複雑系」と呼ばれる分野として研究されるようになりました。駅のアナウンスの例は「複雑系」というようなほどのものではありませんが、バラバラにするだけでなく、合わさったときのことを初めから考慮に入れる必要があることを教えてくれます。

もう一つの疑問として、何故、文章全体で色々な数の両数に対応するアナウンスを録音して使わなかったのかということについては、「XX両」のところだけ別にして後に組み合わせることが技術的に可能だ、ということをまず思い浮かべてしまったのではないかと思います。始めにそれを思いついた後には、いかにそれを実現するかということに考えが移ってしまい、文章の読み方の自然さというような非技術的な側面の考慮が欠けてしまったのではないかと思います。つまり、技術的な側面だけに考えが集中してしまうことによって、こうしたことが起こるのでしょう。

さて話が長くなってしまいましたが、現在はコンピューターに行わせることが以前よりも大分多様なものになってきました。昔は、何かを計算してその結果を出す、というような単純な仕事が殆どだったのですが、そうしたときにはバラバラに分解してそれぞれをきちんと考えるというやり方でうまくいっていました。今では人の行動に合わせて色々な対応をするようなものが要求されています。全体をバラバラにして部分部分をきちんと作るというのではなく、様々な要素を組み上げたときに全体はどのようになるのか、どのようにすれば全体としてうまく働くのかということを考えられなければならないでしょう。また、ソフトウェアの開発というような分野においても、従来の技術的な考慮だけではうまくいかなくなってきているのだと思います。技術的に可能なことは何かという考え方ではなく、最終的に実現したいことは何なのかという明確なビジョンを、他の分野の知識も踏まえて持つことが要求されているのだと思います。

色々なことが複雑になっている現在では、バラバラにする「分析的」なアプローチだけではなく、組み合わせを考える「統合的」なアプローチが必要になっているのだと思います。また、ただ単純に部品を合わせるというだけではなく、異なる分野のものを組み合わせるという側面も必要になっているのです。メディア学部では様々な分野の勉強をすることになっていますが、それらの学びによって得て欲しいのは広範な知識というわけではなく、それらを材料として様々な要素や異分野のものを組み合わせて一つのものとするような考え方ができるようになって欲しいのです。そうしたアプローチが、従来理学系や工学系の分野で行われてきた考え方と違う、メディア学部生としての強みになると期待しています。

メディア学部 太田高志

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