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おもしろメディア学 第47話 音が鳴らないのに「音楽」?

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みなさん、こんにちは。

みなさんは今、このブログを読もうとパソコンやスマホの画面を見ていますね。読み始めて早々ですみませんが、画面からちょっと目を離して、周りでどのような音が鳴っているか注意して耳を傾けてみてください。時間は30秒くらいで結構です。目を閉じて聴いてもいいですよ。それでは始めましょう。

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(約30秒経過)


さて、どのような音が聴こえましたか? 思いのほかさまざまな音に囲まれていることに気づかれたのではないでしょうか?

毎日、私たちはさまざまな音や人の声に接しています。もし、あなたが高校生であれば、朝起きるとき、通学のとき、授業のとき、友達とおしゃべりしているとき、クラブ活動をしているとき、家に帰ってテレビを観ているとき・・・などなど、それぞれの場面で耳にするものがあるでしょう。そして、このブログを目にしている今、マナーモードにした携帯やスマホの震える音に気づいたかもしれませんし、「何を見てるの?」と人から声をかけられた方もいるかもしれません。確かに音は周りに存在しているものの、私たちは普段、その多くに気づかないですし、「聴く」という行為もそれほど意識しているものではないようです。

ところで、このような何気ない音や人の声が「音楽だ!」と言われたら、みなさんどう感じますか? 「えっ?」と驚く方が多いことでしょう。一般的には、人によって作られた「曲」があって、その演奏をコンサートやライブで直接聴いたり、スピーカーやヘッドフォンを通して聴いたりするものを、私たちは「音楽」ととらえられているように思います。もちろん、あまり意識して聴かない街中や店内で流れているBGMも「音楽」であることに間違いないでしょう。

このように自分自身の周りにある音すべてが「音楽」と考えた作曲家がいました。アメリカの作曲家、ジョン・ケージ(John Cage, 1912〜1992)です。ケージは生涯にわたって創作上のさまざまな試みをしましたが、その中でも最も物議をかもしたのが「4分33秒」という曲です。この曲は3つの楽章から構成され、楽譜には各楽章に「TACET」(タチェット=休み)という表記があります。つまり演奏者は4分33秒間、一音も発することないのです。

初演は今から60年以上も前の1952年で、このときはピアノで「演奏」されました。最初、ピアノの鍵盤の蓋は閉じられていましたが、ピアニストがピアノの前に座り、いよいよ演奏が始まると思われたその瞬間、その蓋は閉じられました。実はそれが演奏開始を示すものだったのですが、何も知らされていない観客は「えっ?」と思ったことでしょう。ピアニストは第1楽章が終わると蓋を開け、第2楽章が始まるときに再び蓋を閉めて「演奏」を始めました。そのころにはすでに多くの観客の頭の上には「???」の記号が浮かび上がっていたに違いありません。このようにして第3楽章まで演奏されたわけですが、会場はざわつき、中には怒って会場をあとにした人もいたようです。

これを「音楽」と見なすかどうかはいまだに議論の分かれるところですが、「音楽は音が鳴らされるもの」というそれまでの音楽に対する考えを大きく変えたものであることは間違いないでしょう。そして、作曲家の手によって作られた曲を「聴く」のではなく、聴き手が自らの周りの音に耳を傾ける行為そのものを「音楽」ととらえたケージの姿勢は「音楽とは何か?」という問いを常に投げかけ、多くのいわゆる「音楽」や「音」に溢れた今日においても、私たちにいろいろな示唆を与えるものと言えるのではないでしょうか。

ちなみにこの「4分33秒」は楽譜だけでなく、CDやDVDも発売されています。興味をもった方は一度聴いて(ご覧になって)みてはいかがでしょうか? あるいは今から4分33秒間、無心になって周りの音をよく聴いてみるのもよいでしょう。日常生活で受け身になりやすい耳を外に開いて意識的に聴いてみると、今までにない新たな「音楽体験」ができるかもしれませんよ。


(執筆:伊藤 謙一郎)

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