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おもしろメディア学 第55話 「一升瓶を飲み干す」こと

2014年12月 2日 (火) 投稿者: インタラクティブメディアコース

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友人から「一升瓶を飲み干した」と聞いたとしたら、皆さんはどのような場面を想像しますか?日本酒を飲んだことがある、或いはスーパーや酒店で一升瓶を見たことがある人ならば、「日本酒をたくさん飲んだ」と思うのではないでしょうか。しかし、コンピュータは違います。字面だけならば、「一升瓶を丸ごと飲み込んだ」と処理してしまいます。なぜでしょうか。

私たちは「一升瓶を飲み干す」と聞いたら、飲んだ物は一升瓶の中に入っている「日本酒」を一般的に想像します。実は、これは比喩の一つである換喩と呼ばれる表現です。換喩とは、隣接性・近接性に基づく比喩で、上記は「容器と中身」の関係性に基づいて「一升瓶(容器)」が「日本酒(中身)」を指しています。その他には、「鍋が煮える」(容器と中身の関係)や「白バイが違反者を捕まえる」(主体と手段の関係)なども挙げられます。また、「主体と付属物」の関係に基づけば、「詰襟」で「学生」を指したり、「黒帯」で「柔道などの有段者」を指したりすることもできます。このように、換喩を構成する関係性は色々あります。

自然言語処理(私たちが使用する日本語や英語などの自然言語をコンピュータが処理すること)の分野では、人間と同様にコンピュータが言葉の意味を正確に理解することは難しいタスクの一つだとされています。というのも、私たちが普段何気なく使用している言葉には、上記の換喩の他にも直喩や隠喩などを含めた比喩表現をはじめ、省略表現など様々なレトリックが含まれている場合があり、コンピュータがこれらに対して字面の情報だけで処理すれば、「一升瓶を丸ごと飲み込んだ」のように本来の意味とはかけ離れた内容になってしまうからです。

このような換喩表現の処理に関する研究だけでも、十年以上前から様々な手法が今日までに提案されてきていますが、現状ではまだ八割程度の精度しか実現できていません。コンピュータは、私たち人間が手に負えない程の膨大な情報を瞬時に計算できる一方で、私たちが扱う言葉の意味を正確に捉えることにはまだまだ課題があります。このように、コンピュータが正確に扱えていない言葉の意味を、私たちは普段何気なく理解して使用できていると考えると、人間の言語能力というのはとてもすごいものだと感じることができるのではないでしょうか。


参考文献: 
村田 真樹, 山本 , 黒橋 禎夫, 井佐原 , 長尾 : 名詞句「AB」「AB」の用例を利用した換喩解析, 人工知能学会誌, 15(3), pp. 503-510 (2000) 
-  Markert, K. and Nissim, M.: Corpus-Based Metonymy Analysis, Metaphor and Symbol, 18(3) pp. 175-188 (2003)
 
-  Nastase, V., Judea, A., Markert, K., and Strube, M: Local and Global Context for Supervised and Unsupervised Metonymy Resolution, in Proceeding of the 2012 Conference on Empirical Methods in Natural Language Processing, pp. 183-193 (2012)
 
寺岡 丈博, 東中 竜一郎, 岡本 , 石崎 : 単語間連想関係を用いた換喩表現の自動検出, 人工知能学会論文誌, 28(3) pp.335-346 (2013) 
内山 将夫, 村田 真樹, , 内元 清貴, 井佐原 : 統計的手法による換喩の解釈, 自然言語処理, 7(2) pp.91-116 (2000) 
山梨 正明: 比喩と理解, 東京大学出版会 (1988) 



文責: 寺岡

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