閑話休題:実世界OSとAADLによる社会シミュレーション
2015年6月23日 (火) 投稿者: メディア社会コース
これまで連載してきた「面白メディア学入門:AADLによる基礎演算」シリーズでは、交換代数をプログラミング言語として実装したAADLによる足し算、掛け算、割り算の方法を紹介してきた。最後の引き算の話に入る前に、今回は、このシリーズを休み、AADLによる社会シミュレーションモデルの構築を展望してみよう。
AADLは一般的には、このような演算を通じてデータ編集と管理を行う強力なプログラミング言語であるが、実は、AADL特有の会計データ構造を利用すれば、現実の企業の会計システムをシミュレーションモデルとして忠実に再現できる。そして各企業の会計システムベースのシミュレーションモデルをベースに、各社相互の取引関係が記述できれば、社会全体の取引モデルとして構成することが可能である。すなわち、会計的な現実の企業の意思決定をベースにした、マクロ経済モデルの構築という、壮大なシミュレーションモデルの設計に道が開ける訳である。
実は、筆者は既に、このような会計データをベースとしたマクロ経済モデルをAADLで実装した。産業連関表の投入産出構造から各企業の取引関係を定義し、各部門につき10のエージェントを生成し、それぞれ企業としての会計的な意思決定を行うシミュレーションモデルである(産業連関表とは何かについては、機会を改めて紹介しよう)。このモデルは、各企業が財・サービスの生産を行う上で、同業他社の投入比率の情報をマクロ統計情報として入手し、これを模倣しながら技術進化の意思決定構造を実装している。一方で、会計データ構造は複式ではなく、したがって、金融取引が捨象されているため、設備投資計画が実装されず、長期の経済モデルとして限界がある。さらに、このような限定的なモデルでも、そのデータ量は、1期間のシミュレーションで数十万件を超え、単体のPC能力では、リアリティのあるシミュレーションには耐えられなくなる可能性が出てくる。
そこでこうした制約を突破する技術として注目しているのが、今回のタイトルにあるもう一つのテーマ、実世界OSである。この技術開発は、東京工業大学の出口弘教授が、文部科学省の科学研究費「エージェントベースモデリングの実世界応用-シミュレーションから実世界OSまで」において今年度より5カ年計画で取り組むテーマである。筆者もこのプロジェクトに参加させていただいている。
実世界OSの技術が、このマクロ経済モデルにどう応用できるかというと、「この研究開発は、現実社会の諸問題をエージェントベースシミュレーションとしてモデル化するだけでなく、インターネットの発展で可能となる、サイバー・ソーシャル&フィジカル空間の上での諸自律的エージェントの恊働するワークフローそのものをデザインし実装しマネージメントするシステムを開拓する。」(申請書より)という目標を射程にしている。すなわち、筆者個人の目標・期待に限定すれば、現実の企業(エージェント)の意思決定行動並びにその結果として記録されている会計データを可能な限り忠実にモデル化し、サイバー空間上で互いに取引するデータフローをデザイン・実装したシステムである。
短期的には、あるいは最小の到達目標としては、いくつかのエージェント(企業)グループの行動が実装されたシステムを並列処理させて、マクロ経済モデルに構成できれば、複雑な設計と処理能力の問題解決に道が開ける。長期的には、このシミュレーションモデルが、フィジカル空間上に働きかけ、経済政策効果を発揮しうる壮大な構想も射程にある。
(メディア学部 榊俊吾)