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数学を学ぶ意味(下)

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数学を学習するもう一つの意味として良く言われることは「論理的や抽象的な考え方を学ぶため」というものです。しかしこれが具体的に何を指しているのかはわかりにくいのではないでしょうか?
論理的というのは例えば、「何々だから何々だ」というような理屈だと言えるでしょう。そんなことはわざわざ学ぶ必要が無いと思うかもしれません。例えば「砂糖だから甘い」、「沢山食べるから太る」などと言っても当たり前でだからどうしたという感じがするでしょう。しかしながら、学問や社会のなかで起こる具体的な問題は、そんなに簡単に言い表せることばかりではなく、むしろそうでは無い場合のほうが多いのではないでしょうか。そうした時に、「〜だから何々」というような理屈をいくつも組み合わせてゴールに辿り着くような考え方が必要になるのです。そうした、より複雑な課題をすっきりとした理解の組み合わせで解決するようなことが論理的に考えることができる力だと言えるのだと思います。ところで、確かに数学ではこのような考え方が重要になるものですが、ではこれを数学で学んで、他の学問や日常の場面でそうした考え方ができるようになるかと考えると、そうは直接応用できるような気がしません。具体的な問題では、それに則して論理的に考える訓練をしないとなかなか学びによってそうした考え方を習得するのは難しい気がします。逆に、論理的に考える力を持っている人は数学も得意である、ということの方が多いかもしれません。
それではもう一つの抽象的な考え方とは何でしょうか?これは、本質的ではないものを切り捨てて、大事な部分だけを抜き出して考えるということだと思います。例えば、りんごが5個あるのと象が5頭いることについて考えてみるとき、りんごと象の違いを考えずに、両方とも単位となる個体の数が5であると認識することです。このような考え方ができると、いくつもの異なったものに同じ考え方を適用することができるようになります。そのような考え方ができるようになるといいことが2つあります。まず、一つのことを理解するだけで多くの問題に対応できるようになることです。もう一つは、異なったところで習った内容を一つの考え方として理解することができることです。いずれも勉強の省エネになりますね。これは数学の中だけの話ではなく勉強一般に言えることでもあり、また、科目をまたいで適用されることでもあります。
このような理解の仕方ではないとどうなるかというと、例えば、同じ2次方程式についての問題であっても異なった出題であれば別のものとして認識し、それぞれについて解き方を別のものとして丸々記憶するようなことになってしまいます。この勉強の仕方では、それまでに勉強した問題が丸々そのまま出題されれば対応できるでしょうが、新しい問題がでてきたときに全く対応できないということになってしまいます。抽象的に理解するということは省エネであると同時に、物事の本質を理解することです。メディア学部の数学では、個別の項目の理解よりもこうした「考え方」の理解を主な目的としているのです。

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