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見えているのに見えない話

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その昔、京極夏彦の推理小説のトリックで『目の前にあったのに意識が邪魔をして実は見えなかったのだ』という展開があって、読んだ当時はなにこれ!?と思ったことがあります。
 
眼前にあっても見えない、という話はおとぎ話的にも幽霊譚的にも沢山ありますが、科学的風な説明を施した『見えない』代表格の小説は1897年に発表されたH・G・ウェルズの『透明人間』でしょうか。これは体の屈折率を変えて透明になるというもの。その後、『透明化する』という題材は映画などで何度も取り上げられており、近年では現実にも研究されている光学迷彩という形で「攻殻機動隊」の諸作など、様々な作品で扱われたりしています。
 
いずれにせよ、これらは『観察対象からの反射光が人の眼に届かないようにする』という考え方なのですが…(と、ここまでが前振りです)。

 
さて、ちょっと視点を変えて、『光が眼に届いているのに見えない』という話をしたいと思います。
 
眼前のモノを消す方法の一つとしては〝盲点〟を用いる方法があります。
網膜上には情報を集めて脳の方に伝達するための視神経の束が通る〝視神経乳頭〟という部位があって、この神経束の部分は光に反応しないので、視界の中には『ある狭い範囲』に入ると見えなくなる箇所が存在します(実は視界の中に見えない箇所がぽっかり穴をあけている状態なのですが、このあたりの解説はまた別の稿で)。
 
 
これとは別に『眼に光が届いているのに見えなくする方法』はもう一つあります。それは簡単で、〝対象をじっと凝視すること〟です。
 
下のイラストを見てください。このウサギの絵の赤い眼の部分を、〝自分の眼球を全く動かさないようにして〟しばらくじっと注視してみましょう。集中の度合いによっても変わりますが、段々と周囲の輪郭線がぼやけてくるはずです。うまくいけば眼の赤い点を残してすべての周囲の絵が消えるのではないでしょうか。(この現象は視界の周辺部の方が起こりやすいので、絵を拡大すると良いかもしれません。)

Usagi_

図1.ウサギ (イラスト協力 :おぎん)

実は、眼から入る光の情報処理は、『刺激の時間的変化が小さいものに対して、反応が鈍くなる』という特徴を持っています。つまり、眼をまったく動かさずにある点だけを見ていると、網膜に投影される光は常に同じものになって変化が無いため、その反応が徐々に小さくなるのです。前述の絵が消えていく現象はこれを利用したものです。日常的には、私達の眼は絶えず微小な運動(トレマー)をしていて、網膜に投影される映像は変化するので、このような『消える』現象はあまり起こりません。
 
今回のイラストは、ウサギの輪郭線をぼかして「少し視点が揺れても同じ様な刺激が眼に入る=あまり変化が起こらない」ように工夫しています。
 
私達は光を網膜で受けて信号にしていますが、実は受光部分の細胞の上には血管等が重なって影を落としている場合があります。それでもそれらの配線的な血管を意識しないで済むのは、眼球と一緒にそれらの像が動くので、像の変化が無く、それらは『見えない』からです。
 
総じて人のシステムは見慣れたものには反応が小さい傾向があります。なので、『大切な物は無くなってから初めて気づく』=『慣れると無感覚になる』というのは人のシステムとして至極まっとうな生理現象とも言えるわけですね。
 
(以上 文責:『視聴覚情報処理の基礎』担当 永田明徳)

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