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気づくということ

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メディア学部では、いま卒業論文の提出時期です。卒業研究の内容をまとめて、初めて読む人にも、きちんと理解してもらえるような形にしなくてはいけないので、卒業研究をしてきた学生はがんばっています。

こうした研究のまとめや論文の構成は、論理的にする必要があります。筋道を立てて説得的に書かなくてはならないわけです。

ところが、よく見てみると、それは本当の最終段階のことで、研究や執筆の最中には論理的ではないことが起こっています。それは、一言にまとめれば、気づきというようなことです。

経験のある人は多いと思いますが、クイズやパズルなどを考えていて、理由はわからないけれど、なんとなく答えがわかってしまうということがあります。絶対に正しいのかと言われると根拠はないですが、自分としては確信していて、実際にも合っているという状態です。

実は、研究や執筆の場合も、こうした気づきがないと進まないと考えられ始めているのです。数学は、計算や定理の証明だと思っている人がいるかもしれませんが、数学の研究者は、そもそも、どういう計算をするのか、どういう命題が定理のもとになるのか、そういったことを思いつかなければいけませんし、それは必ずしも論理的に得られるものではありません。なんとなく正しいと思うことがらから始まる場合も多いのです。

ただ、研究や執筆の後半の段階では、後からではありますが、この気づいたことがらを論理的に示さなければなりません。この部分は説明してわかることなので、高校までの数学では、ここが協調されることになりますが、やはり、気づきは必要なはずです。

自分の専門分野のひとつである数学について述べましたが、おそらく、どんな分野の研究や執筆でも、気づきと、その論理的な後付けというように進んでいくと考えられるようになっているのです。

さて、ではこの気づきはどうしたら得られるのでしょうか。残念ながら、まだ確定した方法は知られていないようです。ただ、当たり前のことですが、まったく知らないこと、考えたことのないことに関しては、この気づきは起きないようです。やはり、がんばった後に初めて、気づきがあるということなのでしょう。

さまざまな試験の時期だと思います。がんばりに裏付けされた、気づきがあって、いい結果が出ることを祈っています。

(メディア学部 小林克正)

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