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中学入試から経済の原理を考える

2016年4月 6日 (水) 投稿者: メディア社会コース

上の子が小学校5年生のときである。首都圏の中学入試体験記を扱ったドキュメンタリー番組があったそうである。筆者と家内の両方の実家から、◯◯ちゃん(子供の名)にこんな過酷なことをやらせているのか、と電話があった。首都圏の中学入試は12月に実施され、その結果の出そろった時期に毎年放映されるらしい。同じ年頃の児童を持つ親御さんの関心が非常に高いせいであろう。

6年生ともなると塾に通い、土日も、夏休みも、お正月休みもない。普段も学校が終わってから夜9時頃まで授業を受ける。わずか10歳ばかりの子供に確かに、体力的にも精神的にも負担が大きい。わが家では両親とも、牧歌的な時代に、地方の公立育ちだったため、小学生のギリギリの奮闘努力を実感できない。時代も違うが、筆者の育った地域では、せいぜい地元の国立大付属中を受験する子がいるぐらいで、結局同じ高校に行くのであった。

しかし、わが子を通じて中学入試を経験し、興味深い事実があった。各進学塾のそれぞれの指導方法の違いである。以下は、筆者の個人的な見解と解釈であって、各進学塾の公式の見解ではないことをご承知のうえ、興味があれば、お読みいただければ幸いである。

首都圏には、大手の進学塾が3つほどある。そのうち、全国に教室を展開している最大手のN進学塾では、体験授業や入塾兼模擬試験を受けた。また、筆者の演習の授業で、ここでアルバイトをしている学生から話を聞く機会もあった。Nでは、授業など直接的な教育指導だけではない。学習計画、目標と達成度、改善点の把握などを所定のワークシートに記入、明示化するなど、教育というサービスを品質管理する(Quality Control)手法で提供するものと言える。

また、現在圧倒的な合格実績を誇るのはS進学塾である。ここは、本学同僚のI先生から伺った話であるが、一言で言えば、各生徒を志望校の傾向に徹底的に適応させる教育法のようである。算数で言えば、各問題の数値だけ変え、条件を変え、問題の一部を替えるなどして、反復演習を繰り返すことで同種の問題に習熟させる。本番で初見の問題であっても反射的に解ける水準にまで適応させるらしい。ここまでくると、ノウハウというよりも、環境に最適に適応させるシステムである。

一方で、大変オーソドックスな教授法の、老舗のY進学塾がある。筆者が説明会に参加したとき、Yの方針を釣りに例えて、上手に魚を獲る方法を教えるのではなく、どうやったら魚が捕れるか、自分で考えられるようにする、という方針であった。この方法は、中学受験成功が目標ではなく、その先を見据えたものと言えよう。しかし、言うは易し、行うは難しである。

入試問題は初見とは言っても、その範囲、傾向に関しては各塾とも膨大なデータ、分析、ノウハウがあり、対策テクニックを蓄積していよう。したがって、いかに生徒にその術を限られた時間の中でより多く身につけさせるか、適応性を最適化させるSの効率性重視が、入試合格という目標にとって合理的である。その効率性を犠牲にして、自分で技を発見し、磨いていくというような、試行錯誤を許容するのがYのシステムのようである。

進化論的な例えでは、中学入試合格のための環境に最も適応した生徒が栄えていく、適者生存の原理が働く。だから現在首都圏で中学受験界に君臨しているのはS進学塾である。しかし、合理性は基準とともに変化する。筆者はかつて、技術革新と経済成長のシミュレーションを行った。ある技術が社会を牽引しているとき、その技術に社会を適応させることによって経済は成長する。しかし、その技術による市場もやがて飽和し、社会がその技術にだけ最適化していると成長はそこで止まってしまう。効率性は成長の主因であるが、一見無駄に見える「遊び」がないと、次の成長ステップに進化できないのである。

進学後を射程にした、より長期の環境設定では、Yの生徒に分があるかもしれない。いずれの基準を受験生、保護者が選ぶかで、進学塾の勢力地図は変わってくる。

(メディア学部 榊俊吾)

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