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「小学校プログラミング必修化」の議論で思うこと

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メディア学部の渡辺です。

2016年4月、文部科学省は小学校でのプログラミング教育必修化を検討することを発表しました。これに対し、非常に多くの意見がインターネット上で議論されました。教育関係者だけにとどまらず、現役のプログラマーとして活躍している方々も多くの発言をしております。賛否両方の意見があるのですが、私の観察の範囲ではどちらかというと否定的な意見の方が多いようです。

東京工科大学メディア学部は1999年に創設し、今年で17年目になりますが、私はこの創設時のプログラミング科目を担当しておりました。当時、関係する教員と大変活発に議論していたことを今でも思い起こします。決して楽しいばかりではなく、時には神経をすり減らすほど激しくお互いの考えを主張しあうこともありました。現時点においてもメディア学部においてプログラミング教育をどのようにしていくかは重要な課題の一つです。授業構成(「カリキュラム」と言います)を検討する時には、プログラミングの基礎教育は常に最重要な検討事項として扱われてきました。それだけ難しい問題とも言えます。

教員、特に技術系教員の立場からすると、学生には高度なプログラミングの内容を教えたいところなのですが、一方でそれを必修化することに根強い慎重論もあります。というのも、ある内容を「必修」とした場合、学生は強制的にその内容を学習する義務が発生します。そうすると、学生側には「有無を言わさずやらされている」という感覚が生じてしまい、結果的に苦手意識が多数の学生に蔓延してしまうこともありえるからです。必修科目での経験がトラウマとなってしまい、拒絶感を持ってしまうのでは逆効果になります。ですので、重要であるからこそ「あえて必修にしない」という選択もありえます。

少し話題がそれますが、よく Twitter 等の SNS 上で「何々は学校で必修にすべき」という論調で語る人がいます。発言者からすれば、その「何々」は日本人全員が知っておくべき重要なことで、だから学校で必ず習うべきという意図だと思われます。しかし、先に述べたように「必修化することで拒絶感が生じる」ということもありえますから、何を必修にするかを事柄の重要性だけで議論するのはやや雑な発想に思います。教育を受ける側にも個性があるわけですから。

そんなわけで、小学校のプログラミング必修化に対する議論は、大学教員としてはやや距離のある世界ではありますが、どのような結論を文部科学省が出すのかに注目しています。私個人としては、あまり優劣を競う手段とならず、あくまでプログラミングの体験を楽しめるような内容になると良いなと思っていますが、おそらく実際はそんな理想論だけで話が済むはずはないでしょうね...

(メディア学部講師 渡辺大地)

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