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鉄道好きの人生

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生まれて初めての記憶として思い出す光景が3つほどある。その一つが、朝目が覚め、布団の中から見た両親の姿である。その日は父の実家に帰省する日で、父が、目の覚めた筆者に向かって、「さあ、汽車(蒸気機関車)に乗って出かけるよ。」とシュッポ、シュッポとやっていた姿である。筆者が2歳ほどの頃であると思う。父のその姿が汽車のまねであることがわかったので(そう記憶しているので)、すでに鉄道好きは始まっていたのであろう。

しかし、世の鉄道好きのように鉄道と言えばSL、と言うとそうでもない(もちろん、蒸気機関車も好きである)。これも幼い頃の記憶が影響している。今度は、母の実家に連れられて行ったときの記憶である。千葉市にある国鉄稲毛駅で国電(国鉄時代の首都圏の主として通勤路線の別称。現在、JR線と呼ばれているものに相当する。ちなみに国鉄の前身、鉄道省時代は省線と呼んだ)に乗ろうと、跨線橋をおりたところで、停車中の貨物列車を牽引する蒸気機関車が発車の警笛を鳴らしたのである。この轟音に怯えてしまい、蒸気機関車に苦手意識を持ってしまった。

以来、筆者にとって、蒸気機関車は、実車よりも、写真、模型等イメージの世界で愛好する対象になってしまった。一方、幼少期の大のお気に入りは、電気機関車EF58である。筆者は、将来電気機関車の運転手になる、とずっと言っていたものである。だから昭和39年東海道新幹線の開業で、わがEF58が完全に主役の座を明け渡したときには悔しくて仕方がなかった。このEF58には、実車と鉄道模型のそれぞれに、大変強い思い出がある。いずれ、この場で紹介したいと思う。

また、気動車(ディーゼル車)も大好きである。昭和3040年代国鉄黄金期に全国で活躍した立役者と言え、そのサウンドは旅情を誘う。当時筆者が幼少期を過ごした千葉県は、気動車王国と呼ばれていた。総武線、西千葉/稲毛間には気動車の大規模な車両基地(千葉気動車区)があり、いつも車窓に釘付けになっていたものである。1975年に千葉県内の幹線が全線電化されると、これらの気動車も他の路線に転属されていった。その頃同車両基地を通過した際に聞いた、急行型気動車キハ28のタイフォン(警笛)に惜別の響きを聴いた。

さて、冒頭の「鉄道好きの人生」というタイトルは、筆者の尊敬する、塚本享治教授による本学最終講義「プログラム好きの人生」より拝借した。塚本先生には拝借の許諾をいただいていないが、筆者の鉄道好きも既に半世紀を超えており、塚本先生にもご快諾いただけるであろうと勝手に思っている。もちろん、筆者の「鉄道好きの人生」がいまだ旅の途中で、この雑文があの名講義に及ぶべくもないことは十分承知している。

(メディア学部 榊俊吾)

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