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私は何者なのだろう

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10代の後半は、特に「私は何者だろう」ということに悩むといわれています。私が大学生だったときには、多くの学生が青年期の自分について社会学の論文を書いていました。
最近の学生さんは、あまり「自分は何だろう」あるいは「集団から疎外される(集団になじめない)」ということを論文のテーマとして選ぶ方が少なくなったように思います。

しかし、私は友達の集団に対して、あるいは社会の中で何者なんだろうということは、多くの人の悩みでもあります。また、集団になじめないあるいはどうやったら人に好かれるのだろうあるいは集団のあり方がいやなんだけど同調しなければならないということも、私たちの悩みの一つです。

エミール・デュルケームは、今の私たちと同じようにあるいはより動乱の時代に生きた人です。フランス革命の中でユダヤ人だった彼は、社会に過度に同調する人々あるいは疎外される人々、集団から外れる人々の姿を社会学という学問の中で明らかにしました。

私はこれから翻訳する論文では、仲良しであることが多いといわれている女の子同士がどのようにして排除するのか(仲間はずれにするのか)ということを説明しました。

メディア学部の中ではこんなことも研究することができます。

           山崎 晶子

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