AIのスーパースターたちを使いこなす
2018年7月13日 (金) 投稿者: メディア技術コース
サッカーのワールドカップが盛り上がっています。フランス代表のデシャン監督は、自らも選手として活躍し、1998年のワールドカップ優勝にも貢献しています。一方、アルゼンチン代表のサンパオリ監督は、選手としての実績がほとんどありません。また、クラブチームに目を向けてみると、マンチェスター・ユナイテッドのモウリーニョ監督は、現代サッカーを代表する監督ですが、やはり選手としてはほとんど活躍していません。こうした監督たちは、自分の現役時代よりもずっとずっと上手いスーパースターたちを掌握し、チームをまとめあげ、監督として素晴らしい実績を残しています。また、日本のプロ野球に目を転じてみても、日本ハムの栗山監督などは、選手としては目立った実績はありませんが、監督として成功しています。こうした例を見ると、「優れた監督になるためには、必ずしも超一流の選手である必要は無い」ということが言えそうです。
それでは、こうした名監督たちは、なぜ監督として成功することができたのでしょうか。確かに、プレイをする能力で見ると、選手たちより劣るのかもしれません。でも、監督の仕事はサッカーや野球をプレイすることではありません。チームを運営するための管理術や人心掌握術、戦術に関する深い理解、心理学や生理学の知識など、プレイヤーとは異なる視点での勉強を積み重ねてきたことが、こうした監督たちの成功に結び付いているのでしょう。
さて、こんな話をしたのは、実は「AI全盛の時代に人間は何をすべきか」というテーマについて語ろうと思ったからです。深層学習に代表されるAIツールは凄い勢いで発展してきていますが、我々人間は、こうしたAIツールと同じ土俵で「プレイの上手さ」を競う必要はありません。これからの人間は、AIツールを使いこなす監督になることが求められています。最先端のAIツールは、数学や統計学、データサイエンスにはめっぽう強い反面、哲学や芸術に基づく価値判断、あるいは文章の理解や一般常識からの推論といった分野ではまだまだ未熟です。そこで、これらのツールを使いこなすためには、そうした分野の知識と洞察が求められるわけです。とはいえ、モウリーニョ監督がサッカーを勉強していないわけではないのと同様に、AIを使いこなす人間も、最低限の数学や統計学を勉強しておく必要があるのは言うまでもありません。
メディア学部のカリキュラムが、数学や統計学やプログラミングなどの「AI的」な科目と、芸術や社会などの一見「非AI的」な科目とのミックスになっている理由が、わかっていただけたでしょうか?
(大淵 康成)
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