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研究の分業:技術的な課題と本質的な課題

2021年4月 4日 (日) 投稿者: メディア技術コース

助教の戀津です。
昨日の記事で紹介した春木さんの研究について、リミテーションという観点から追加のお話です。
(まだお読みでない方は先に紹介記事をお読みください)

春木さんの研究は、本来「実在の」樹木を対象とするものでした。
実在の樹木をもとに、その中のどの枝をどう剪定すると、剪定後にどのように生長するというのを予測・可視化するというものです。
樹木の適切な剪定には高度の知識と経験を要するため、そこを補助するというのが目的でした。

これを達成するためには、まずは実際の樹木の形状をPC等に取り込む必要があります。
そこで、研究開始当初は樹木情報の取り込み方法について調査をしていました。

フォトグラメトリと呼ばれる、対象物をたくさんの方向から見た写真を大量に撮ることで3DCGとして取り込む技術があります。
観光地の大きな建物や、人間大の石像、小さいものではフィギュアなどが対象としてよく取り込まれています。
原理上はiPhoneなどのスマートフォンでも行えるため、多くの研究者や技術者が日々精度の向上に打ち込んでいる技術です。

しかし、残念ながら調べた範囲では現在の技術では樹木のモデルを得るのには向いていませんでした。
上で挙げたような建造物や像などは、細かな部品はあるにしろ一つの大きな塊の物体です。
それに対し樹木は、葉があると枝の様子を確認することができず、また冬季など枝だけの状態ではスカスカの形状になるためうまく取得ができませんでした。
一定の空間内に多数の細い枝があるという状況では、撮影する角度を少し変えると手前や奥にある枝が違う映り込み方をするため、空間的な配置の認識が難しかったものと思います。
何とかして枝の情報を入力できないか、春木さんはずいぶん試行錯誤してくれましたが、最終的には「今回は実際の樹木を扱わない」という結論になりました。

前置きが長くなってしまいましたが、ここからが今回お話したいことです。
本来の目的は樹木の剪定を補助することなので、もちろん実際の樹木を入力できることがベストです。
しかし、この研究は樹木の枝を剪定した後にどのように生長するかをシミュレーションするのが一番重要なポイントです。
仮に樹木の情報を入力できても、生長シミュレーションができなければ目的を達成できません。
逆に、樹木の情報は実在のものでなくても、シミュレーション方法が確立されていれば仮の情報でシミュレーションができますし、今後技術が発展し実在の樹木を入力できるようになるかもしれません。

この場合、フォトグラメトリ等で実在の樹木の情報を取得できないことは技術的な課題で、生長シミュレーションが本質的な課題にあたります。
こういう時に、「この研究ではこの部分は取り扱わない」というものをリミテーションと呼び、将来的な課題として論文で挙げておくという方法があります。

同じような例として、VR技術の研究があります。ヘッドマウントディスプレイを装着した仮想空間体験は、理論やプロトタイプは1960年代には研究されていました。
当初は機材が大きすぎたり高価すぎたり、また精度も低いものでしたが、体験に関する理論の研究は進んでいました。
それから多くの時が経ち、
多くの技術者が積み重ねてきた技術の進歩によって小型で安価な機材が市場に出回り、個人でもVR体験が行えるようになりました。
長い歴史をかけた壮大な分業ですね。これもまた研究活動の素晴らしい点です。

卒研という限られた期間において技術的な課題は必ずしも春木さん自身が解決する必要はないため、本質的な課題に注力するという決断をしました。
結果、生長予測と可視化部分の実装という形で成果を残し、学会発表も行う事ができました。

今後フォトグラメトリ(またはその他の技術)の精度が向上し、リアルタイムに目の前の樹木の形状を取得できるようになればより一層この研究の成果が輝きます。
その時が来るのを楽しみにしています。

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