パウエル街の話 その2
2022年1月 4日 (火) 投稿者: メディア社会コース
みなさんは、横浜や神戸の中華街を歩いたことはありますか?
肉まんの屋台があったり、中華の美味しいレストランがあったり、いつ行っても賑やかで楽しい場所ですね。中華の香辛料や音楽、そしてたまには獅子舞をみたり、お店のデザインも中国を思わせます。赤い鳥居がその街の入り口と出口をしめしているので、いつ行っても、そこからは中華街だということが街の賑わいでも分かります。これを執筆しているのは、2021年の7月26日ですが、早くこんな賑わいを感じられるようになりたいなと私も思います。
森田勝義さんというかたが『パウエル街物語』という本を書いていらっしゃいます。パウエル街は「日本人」が多く住んだところです。ところがその序文にこのように書かれています。
「バンクーバーのパウエル街の事を、リトル東京と呼んだり、ジャパンタウンと呼んだりする人を見かえるが、戦前からの移住者は決してこういう呼び方はしない。(中略)チャイナタウンと違って、パウエル街には鳥居一つあるわけではないし、通りに並ぶ建物も外から見たのではその辺りにあるものと変わらなかったが、ドアをあけて、一歩なかへ入れば全く日本風になっているところが多かった。」
「日系人は、カナダという国の中に融け込まなければならないと強く感じていたので、パウエル街に日本食料品の店や魚屋などが集まって来た現在でも、そこはリトル東京でもなければジャパニーズ・タウンでもない、ただ「パウエル街」なのである。」
街の中にバナー一つあるわけではないのです。しかし、ここは戦前日本人が多く集まったところなのです。そして、カナダに住む人々に刺激を与えないように、日本という出自を強調しなかった街、それがパウエル街です。
山崎 晶子
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