第17回シナリオ執筆未習熟者の作品に共通して発生する欠点(あな)
2022年5月22日 (日) 投稿者: メディアコンテンツコース
みなさん、こんにちは。メディア学部実験助手の菅野です。
今回も「シナリオ執筆未習熟者の作品に共通して発生する欠点」として、定期的に私が何度も遭遇してきた「シナリオの欠点(あな)」について書いていこうと思います。今回取り上げるトピックは・・・
「主人公よりも他の登場人物が目立つシナリオの欠点(あな)」です。
日常会話や世間話で、最近テレビで放映された映画や、実際に劇場まで足を運んで観賞した映画の話になることはよくあると思います。
人それぞれ、注目する部分は異なりますが、なかでもよく話題になるのは「登場キャラクターについて」ではないでしょうか。
そしてそのとき話題に挙がるのは、必ずしも主人公ではなく「主人公とはまったく正反対の考えを持って行動し、敵対していた登場キャラクター」や「主人公と競い、抗って、勝利を目指そうとするライバルキャラクター」だったりします。
映画を観賞した観客が作品に対して何を感じ、どんな感想を持つかは人それぞれ自由ですので、作中のどのキャラクターを気に入るか、もまた自由です。映画を鑑賞した観客全員が、必ず主人公を好きになる必要はありません。
ただ、シナリオライターとしては、主人公を好きになってもらえなかったとしても、シナリオの本編で中核となりうる言動を取るよう、シナリオを執筆しなくてはいけません。
前回「第16回シナリオ執筆未習熟者の作品に共通して発生する欠点(あな)」において、私はこのような問いかけをしました。
『主人公という役割を与えられていても、本人が主体的かつ能動的に本編ストーリーに関わることなく、ひたすら周囲の登場人物に助けられ続け、むしろそんな存在に敵対し、なんとか抗おうとする登場人物がいた場合、観客の注目は果たしてどちらに集まるでしょうか』
同じ目的を達成するストーリーでも「何らかの目的を達成したいが諸事情により非力な主人公が、なんとか周囲の力を借りて目的を達成する」ことと、「達成したい目的はあるが、特に何か努力することもなく、周囲が勝手に助けてくれて目的を達成できた」とでは、目的が達成される結果が一緒だったとしても観客の受ける印象は全く違います。
シナリオの書き方にもよりますが、観客は前者であれば主人公も協力してくれた登場人物も好印象ですが、後者だと主人公より主人公の周囲で何かと苦労してくれた登場人物のほうに好印象をもつでしょう。
場合によっては後者の場合、協力するに足るだけの主人公ではないのに、周囲がちやほやしているだけだと思われ、敵対キャラクターやライバルキャラクターにこそ、頑張ってほしいとすら思われてしまうでしょう。
観客の受け取り方は個人ごとに違うので、全員が望んだとおりのキャラクターが登場して、活躍するシナリオを作ることが出来るわけではありません。
しかし、最終的にどのキャラクターを気に入るとしても、その時に判断基準となる考え方や言動をとなるキャラクターは主人公であるべきです。
その基準にもなることなく「主人公が何をしたいのかよくわからなかったから、主張のハッキリしている別なキャラクターのほうが魅力的」と思われては、そのシナリオは欠点(あな)があるとしか言えないでしょう。
気をつけたいものです。
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