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用語発明の重要性(続き)

2024年5月27日 (月) 投稿者: メディア技術コース

 2024年の正月は元旦に能登半島地震が起き、正月2日には羽田空港で航空機同士の衝突事故が起きました。
 
 直接の原因は海上保安庁の航空機が管制の許可が出ないうちに滑走路に進入したことです。そのため着陸してきた日航機と衝突しました。海保機が滑走路に進入した理由はその後のボイスレコーダー解析などで究明が進められ、対策も関係各方面で行われています。
 
 本稿は、この事故について報道を読むうちに、運航規則で使われる用語について私が持った違和感を述べるものです。当初はこの違和感が1月2日の事故の原因の一つではとも考えましたが、よく調べると関連は薄いと思い至りました。そもそも機長と管制官の交信は英語だし、訓練されたパイロットであれば用語の意味を誤解することは考えにくいです。しかしながら、重要な用語に違和感があることには変わりありません。ここでは、概念に名前を付けるという一般的な知的作業にまつわる一事例として考察してみます。
 
 私が違和感を持った用語は「滑走路停止位置」です。これは"滑走路の中にある停止位置"だという誤解を招く可能性があるのでは、という疑問です。
 
 国土交通省による航空保安業務処理規程によれば「滑走路停止位置(Runway-holding point)」は以下のように定義されています。
 
 『航空機又は車両が滑走路手前で停止及び待機する場所であって、当該滑走路に接続する誘導路上における位置。』
 
 滑走路「手前で」停止する場所であるにもかかわらず、「手前」が省略された用語になっています。初めて聞けば滑走路の中にある場所と誤解してもおかしくはないです。頻繁に声に出し安全にとって決定的に重要な用語が、第一印象として反対の意味を与える可能性を持つのは筋が悪いと言わざるを得ません。
 
 もちろん徹底的な訓練を受けた人たちは「滑走路停止位置」と聞けば反射的に滑走路手前であると認識することは疑いないことです。しかし、何らかの状況で集中が途切れているときに「滑走路停止位置」に対して、初めて聞く一般人と同じ誤解をして運航してしまう可能性はゼロとは言えません。交信は英語でも、runway-holding pointと聞いて日本語の用語を想起して誤解することも、集中が途切れた状態であれば考えられます。
 
 そのようなことを考慮すれば「滑走路停止位置」ではなく「滑走路進入停止位置」あるいは「滑走路手前停止位置」の方がよいかもしれません。用語が長くなるデメリットはあります。頻繁に使う用語であることを考えるとこのデメリットは大きいでしょう。それにも増して誤解を招く余地を皆無にすることを優先するのであれば、「進入」や「手前」という単語を挿入することは検討に値すると思います。
 
 前回のブログでは概念に付ける良い名前の条件として
 
(1) 短い
(2) 対象物の特徴を具体的に表す
(3) そもそも何の一種なのかの前提を示している
(4) 対象物の利点ができればわかる
(5) 検索しても出てこない
(6) 誤解を生じさせない
 
を挙げました。今回注目した「滑走路停止位置」は、上記(2)については「滑走路」「停止」という明確な単語が盛り込まれています。そして(3)については「位置」という単語で終えておりこれも明確です。(1)の短いというのは7文字なのでやや当てはまらないかもしれません。ただ(2)(3)の利点が大きいなかでは短く収めています。(4)(5)に関しては航空保安業務のマニュアルで使う用語であれば考慮の必要性が小さい条件です。
 
 問題は(6)の誤解を生じさせないという条件です。用語利用者は訓練を受けた専門家なので定義を明確にして繰り返し教育すれば誤解は生じない、という趣旨でしょう。しかし、言葉は常に理詰めで解釈されるという前提は危険な場合があることも事実です。もし上記で私が提案したように「進入」あるいは「手前」を挿入すれば(6)の条件もクリアします。ただし(1)の条件を棄損するため、検討時には(1)と(6)のトレードオフをよく考える必要があります。
 
メディア学部 柿本正憲

参考記事:
用語発明術(2024年2月24日)
用語発明術の重要性(2024年2月25日)

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