私、公、持続的成長
2024年11月 1日 (金) 投稿者: メディア社会コース
われわれは、私財をすべて自分の子孫に遺すべきか、その一部を恵まれない他者のために寄付すべきか。また、成果主義という言葉があるように、ある個人ないし組織が実現した経済的利益は、全てそれらに成果報酬として帰属すべきであろうか。一方、対照的に自己責任という言葉があるが、十分な報酬の得られない人は、全ての原因は自らの能力と努力不足のためなのであろうか。
これらのいささか社会的に不協和を惹起する問いは、何も規範的な観点から発したものではない。いずれの問いにも、下記のように私的な利益の追求と公益性の担保という、経済的な選択が関わっている。すなわち、現在(自分)と将来(子孫)、私(自分)と公(他者)との関係において生ずる選択問題である。
公的なインフラ、公的資本、社会的な諸制度等をなす社会的制度基盤は、私的な事業資本と異なり、経済成長を直接的に生み出すわけではない。加えて、その整備には、私的な事業資本に投下できるはずの希少資源の一部を犠牲にする。しかし、自由な経済活動は、自らの経済的営為だけで完結できず、一方、私的な事業資本は、社会的制度基盤の生み出す外部効果を通じて、より生産力を発揮しうる。
筆者は、長期的な経済成長計画において、社会的制度基盤の整備にどの程度投資すれば、マクロ経済的にどの程度の効果が得られるか、シミュレーションを行った。まず、数値解析した結果からは、初期段階で低水準の資本規模にある開発途上経済においても、ケインズ政策的な公共事業を展開することなく、市場による最適成長計画を超える社会的厚生水準に達することが可能である。加えて、有限希少な資源をより節約した長期的配分を実現する。
さらに、OECD加盟国の1995~2022にわたる時系列データから、加盟各国の固定資産がGDPを生み出す弾力性の推定と、社会的制度基盤に相当する諸変数の有効性について実証分析を行った。その結果、公的な社会秩序整備、経済的環境整備および研究開発に関する公的支援と、市場所得ベースのGini係数が、上記弾力性に対して5%以下で統計的に有意であった。Gini係数に関する結果は、可処分所得ベースではないことから、事後的な所得再分配政策よりも、企業活動と並行的に労働分配率を高水準に誘導する施策の方が有効であることを示している。
以上の数値計算、実証分析から私利私欲のみを追求すると自らの経済的利益を毀損することがわかるであろう。最後に、上記の固定資産・GDP弾力性の推定値を一部紹介しよう。欧米諸国の中では、米国0.85、英国0.84、ドイツ0.83、フィンランド0.89、スペイン0.89、イタリア0.62等である。この値はITを基盤とした産業構造を反映した経済全体の生産性と捉えて良い。わが国は0.4で推計の可能な32カ国中圧倒的な最下位であった。
(メディア学部 榊俊吾)
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