昔話の続き Archie と Gopher
2024年12月25日 (水) 投稿者: メディア技術コース
メディア学部の寺澤です。
インターネット昔話が続いているので便乗します。
現在のインターネットは1980年代半ばはまだ研究レベルのもので一般開放されていませんでした。私が学部4年生でコンピュータの研究室に入った当時、その大学は国内でもインターネット研究では最先端の機関の一つで、身近な研究室がその現場でした。彼らとはコンピュータ環境を共有していましたし新人教育も一緒でした。したがって当時から電子メールで連絡を取り、研究に必要なファイルやソフトウェアはftp(ファイル転送プロトコルFTPを実装したプログラム)で取得していました。Window 3.0が出る頃、MacはMacintosh SE/30くらいの頃です。研究室で使っていたのはSun MicrosystemsやSONY(!)のUNIXワークステーションでした。GUI(X-Windowシステム)が使えるものでした。
WWW(World Wide Web)が Tim Berners-Lee によって開発・公開されたのが89年から91年にかけてのこと。WWWがブレイクしたのも1992年にMosaicというブラウザが開発されて以降と記憶しています。私は大学院生でした。初めてMosaicをインストールして使ったときのことは今でも覚えています。
では、ftpの時代からWWWの時代になる間の数年間、どういうネット環境だったのかというのを私の体験的にお話しすると、まず、Archieというシステムがありました。ftp(anonymous FTP)を使うにはどのサーバのどこに目的のファイルがあるのか知らなければなりません。今のURLのような情報が必要でした。しかも検索するすべはありませんでした。これを検索できるようにしたのがArchieでした。研究に有用なソフトウェアやツールを入手するために使っていました。次に登場したのがGopherです。ソフトを探すというためではなく情報(主に文字で表現された情報(ファイル))を検索するための物でした。情報がハイパーリンクでつながっているWWWとは異なり、メニュー(目次?)が用意され、検索するシステムでした。
すぐ後にWWWがやってきたので、ArchieもGopherもその後はあまり利用が広がらず、結果的にWWW登場までのつなぎの役割を果たしていました。現在はどちらのサーバーもほとんど稼働していないようですが懐かしいツールたちです。CISCからRISCに移行が始まり、SPARCやMIPS R3000を使ったワークステーションに触れるなど、刺激の多い時代でした。
(メディア学部 寺澤卓也)
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