合理的な意思決定
2025年11月14日 (金) 投稿者: メディア社会コース
合理的な意思決定とはどのようなものでしょうか。包括的な表現をすれば、与えられた条件のもとで自分にとって最も有利な選択を行うことだと言えます。企業経営であればそれは利益の最大化であり、経済政策であれば国民全体の厚生水準を最大化することです。いずれの場合にも、与えられた制約のもとで、現時点、一時的だけではなく、想定しうる将来にわたっての時間を通じた最適化を図るものと言えるでしょう。
経済学では一般に、合理性を前提としています。行動規範としては理想的な意思決定基準であって、わざわざ合理的でない行動基準を採用する理由もありません。その行動原理を支える合理的予想に対しても、現在劇的な進展を遂げつつある情報技術により、飛躍的な精度の向上が期待されます。しかし、たとえ確率的な予測精度が向上しても、合理的予想のもたらす帰結は、将来の事象に対処する行動原理にとってフィクションの域を出ないという限界があります。従来より合理性を前提としない試みもされてきましたし、非合理性そのものを内包させようとする研究も出てきています。本稿では、非合理的とは言えませんが、場当たり的とも言える行動の帰結について考えてみましょう。
現実の世界においては、企業のみならず個々の家計にいたるまで、現在から将来に向けた意思決定は適応的な行動原理に基づいていると考えるのが経験に即しています。すなわち、行動計画を立案し、実行して、予想と実績との差異を認識して、その差異を修正しながら再計画を積み上げていく、管理会計上の手続きです。しかし、こうした予実対比型行動が適応的にすぎないと言っても、計画案が既存の情報をもとに当該時点で最も有利な代案を選択した結果であるという意味では、意思決定時点に限っては合理的であり、今後の情報技術の成果を十分に享受しうる親和性も併せ持っています。
そこで、消費と投資の計画にかかわる異時点間の意思決定問題を取り上げ、意思決定原理としての合理性と適応性の妥当性を比較検討してみましょう。経済成長論には、最適成長計画というザ・スタンダードとも言うべきモデルがあります。例えば、今日稼いだ所得を今日全て消費してしまえば今日の満足度は最大ですが、明日は何も消費できなくなります。人生が明日以降も続く限り、我々は江戸っ子を気取るわけにはいきません。一方、今日の消費を少し我慢して貯蓄すれば、この資金で設備投資を行えば生産力が向上し、明日は所得が今日より増え、より多くの消費が可能になり得ます。このような今日と明日、今年と来年、すなわち現在と将来に関する消費と貯蓄(投資)の配分を、現在から将来に至るまで最も合理的に計画しようとする理論が最適成長モデルです。
まず、標準的な最適成長モデルに基づく合理的な意思決定からは、最適な、唯一の成長経路が導かれることがわかっています。その嚆矢と言える解が、フランク・ラムゼイが導き、ジョン・メイナード・ケインズが解釈を与えた、有名なケインズ=ラムゼイ公式です。しかし、この最適成長経路は鞍点経路という毛程のミスも許されない、現実の人間行動からすると不安定なもので、まさに完全予見に連なる合理性を貫いているからこそ実現できる代物です。
一方、筆者の研究から、予実対比型の適応的な意思決定の導く成長経路は、最適成長経路の周辺に無数に分布し、多様で冗長的であることがわかりました。しかし、この冗長性は、予実対比という試行錯誤を伴って、最適成長経路を含む複数の次善の目標を許容しながらより有利な計画を遂行していくという意味で、計画の管理運営上の安定性を生み出します。
しかも、数値計算の結果からは、予実対比型の消費/貯蓄(投資)計画は、将来に至る消費効用を累積した社会的厚生基準で測ってみると最適成長計画に匹敵することがわかりました。しかも、実務的に十分実現可能なのです。例えば、同基準で最適成長計画に対する度合が0.9を超える経路は、初期計画の段階で0.58の割合で到達可能なのです。この約6割で実現可能ということは、並の経営者や政策担当者でも達成できる計画と言えるでしょう。
今後、深層学習や情報技術等の進展により、既存のデータに隠された複雑な行動の機構と因果関係を推定する精度が向上していけば、計画と実績の差異を修正していく意思決定上の精度も向上していくでしょう。すなわち、予実対比型の、いわば場当たり的な意思決定であっても、毎回可能な限り諸情報を入手してその解釈にITを活用しながら、与えられた環境条件のもとで合理的な意思決定を繰り返していけば、最適な計画により容易に接近していける期待が膨らんできます。
参考文献
本稿の内容の詳細は、下記をご一読ください。
https://www.nature.com/articles/s41599-023-01667-1
(メディア学部 榊俊吾)
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