社会

仕事は楽しいもの

2020年2月21日 (金) 投稿者: メディアコンテンツコース



私のうちのカレンダーには、毎週ひとつだれかの金言が載せられています。それを見るのが楽しみですが、ときどき「おやっ?」と思うことがあります。例えば、以下は寛政の改革で有名な松平定信の言葉がだそうです。

 楽しきと思うのが
 楽きの基なり

 松平定信

これはちょっと、意表をつかれた気がしますね。腐敗した賄賂政治を立て直した堅物政治家かと思いきや、粋な言葉を残されたものです。なにごとも楽しんでやらなければいけない。そうですよね、むしろ、こういう考え方ができたからこそ、天明の大飢饉から藩政を立て直す難事業をやりとげられたのですね。

一方で、先週のNHKラジオ講座では、こんな言葉が紹介されていました。「ピーターパン」の原作者でもある、J.M.バリイ 氏が残された言葉です。

 できれば何かほかのことをしたいと思わない仕事は、本当の仕事ではない。

 Nothing is really work unless you would rather be doing something else.
 James Matthew Barrie


「家に帰って寝てたほうがまし」とか「こんなの早く終わってゲームしたい」とか思うくらい大変でないと、それは本物の仕事ではない。仕事はツラくて当然ということですね。現代にも通じるポイントを押さえた、いい言葉ですね。

でも、このふたつの金言格言を並べてみると、おたがいに矛盾して聞こえます。
はたして仕事というものは、楽しむべきものなのでしょうか。
多少辛くとも、頑張ってやるべきものなのでしょうか


私は答えを、次のように考えてみました。

 本当の仕事というものは「早く終わって別のことしたい」と思うほどツラい。
 しかし、それでもそれを楽しんでやることが大事である。


あれ、ちょっとこれでは仕事中毒みたいですね。
あまり、いい答えではないようです。
みなさんも考えてみていただけますか?

 

コンテンツコース・佐々木が担当しました。

 

2020年2月21日 (金)

ショーウィンドウ

2020年2月19日 (水) 投稿者: メディアコンテンツコース



ショーウィンドウというものは「ショー」というくらいだから、お店の品物を展示して見せるためのもの。でもこの絵のように「これでもか」と品物を詰めて並べたウィンドウには時々驚かされます。

古い石造りの建物にむりやり開けたようなドアとウィンドウ。しかたなく、こんな詰め込みになってしまうのでしょう。ヨーロッパの古い街角で、よく見かけるスタイルですが、日本で見たらこれは質屋さんかな。

このお店はいわゆる金物屋。時計やら工具やら小物がいっぱい並んでいるだけなのですが、遠くから見るとなんだか博物館のようです。前を通るたびに、ついつい惹かれて近寄って見るのですが、結局一度も中には入りませんでした。

でも、外から見ただけでこのお店の「気持ち」がわかったような気もします。

人間にもこんなウィンドウがあったらいいかもしれない。通りすがりの人から「いい心がけですね」とか「すごいもの持ってますね」とか覗いてもらえます。


コンテンツ・コース 佐々木が担当しました。

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[ 追記 ]
この文章を書いた後で、この記事を読んでいただいた大先輩から、以下のコメントをいただきました。まったくそのとおりでした。SNSを使う時には、ショーウィンドウに品物を並べるように、心を込めて丁寧にやらなければならないですね。

「人間にとっては、フェイス・ブックなどがショーウィンドウなのかもしれませんね」


(挿絵は、ポーランドの小都市チェシンの裏通り)




 

2020年2月19日 (水)

2値基盤の現代デジタル社会とアナログ感性への回帰

2020年1月26日 (日) 投稿者: メディア社会コース

昨日までの6日間、数の語呂合わせに始まり、10進法や60進法などの記数法について綴ってきました。今回をもって私の連載記事は小休止となりますが、さてさて何の話題にしようかと悩みました。結果、記進法繋がりで、皆さんもよくご存じの2進法の話にシフトしようかと思います。

ただ、2進法の計算などを語るつもりはなく、どちらかと言うとその基盤である2値論に基づくデジタルに焦点を当て、一方で巻き返しを図るアナログのブームについて少し雑感を記すことにします。2進の基本は、0-1/白-黒/無-有/陰-陽/悪-善/地獄-天国…などの“2値”発想です。2者択一と言ってもいいでしょう。

さて、“アナログ vs. デジタル”という対極論があることはご承知のことと思います。実は、この時点ですでに2値論的発想が始まっていますね。現代社会は、イメージ的には2値を基本とするデジタルが席巻しているように思われます。2進処理をもとに機能するコンピュータの普及の影響が少なからずあるのかもしれません。しかしながら、我々が五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を通じて得る情報は、基本的にはすべてアナログです。つまり、2値(あるいはその2値の集合・複合)では処理されない情報です。

目の前の自然の光景に対しては、視覚が機能して全体を見渡していろいろなことを感じ取ります。もちろん、その空間内には山・海・空・人物などのオブジェクトがあり、その境界(デジタル的発想の起点)がそれとなくは見えています。しかし、脳はあくまで全体を俯瞰して処理します。また、外界から届く音は、時間的に途切れなく聴覚に訴えます。曲調の変化などをそれとなく感じることもありますが、その前後にも音はシームレスに流れ続けており、脳はやはり全体を俯瞰して処理します。嗅覚、味覚、触覚なども、ほぼ常時使用する視覚や聴覚ほどではないかもしれませんが、同じように空間的あるいは時間的に途切れない変化を感知しています。

さて、数学には多くの対極観がありますが,その一つに“連続的 vs. 離散的”というのがあります。数の集合でいうと、連続の代表格が実数です。特徴としては、任意の2数に対してその間に数があるということです。指定された2数を足して2で割ることで常に別の実数が生まれます。一方、離散の数の集合の代表格が整数です。特徴としては、その数体系内で常に隣り合う数が決まるということです。例えば、整数でいえば、67は隣り合う数で、この2数の間に別の整数は存在しません。

ちなみに、実数も整数も同じ無限集合ですが、数学ではこれらを区別します。実数は非可算(無限)集合、整数は可算(無限)集合に分類されます。この非可算・可算の違いは、ザクッというと、工夫次第でその数体系のすべての数に番号が付けられる(可付番性≒自然数との間に11対応ができる)かどうかです。なお,有理数は整数と同じ可算(無限)集合です。その根拠となる“工夫”(可付番規則)については、少し考えてみてください。

こういう数の性質を踏まえて、「アナログは連続的、デジタルは離散的」と捉えます。ただ、実際には、現在のデジタル情報処理技術は人間の五感を惑わせるほどに進展しており、デジタルデータに接しているのにアナログデータであるかのように感じることが多いです。デジタル写真やデジタル映像は自然に映って見え、デジタル音源の曲は自然に流れているように思われます。しかし、これらはあくまで、人工的で“非自然”であることを再認識しておきましょう。

ここで、口語(話し言葉)と文語(書き言葉)の違いを考えてみましょう。まず、口語の方ですが、これはアナログです。自分の話や相手の話(生の声)を、本来の聴覚機能を使って情報処理しているからです。一方の文語ですが、こちらはデジタルです。どの言語であれ、文字(アルファベット等)は離散的な情報です。文語は、整列された文字列を適度な単位で逐一的に情報処理するので、視覚を通して認知するものの、あくまでデジタルです。なお、書道などの筆記を全体として芸術的に捉える際は、アナログと言えるのかもしれません。

私の若かりし頃は、アナログ技術が主流でした。フィルムカメラの写真や音楽レコード、記録用のVHSやカセットテープなどは、その典型例です。現代は、こうした映像・音像データは0-1デジタル情報となり、コンパクトなUSBSDカードに収められます。ある意味便利ではありますが、どこか温もりを感じられないのは年のせいなのでしょうか。ちなみに、私は今でも年賀状は手書きです。記している文字情報そのものは先ほど述べた通りデジタルですが、ハガキ全体を一つの作品と見ればアナログです。

さて、それでも最近、フィルムカメラやレコード、カセットテープなどが再流行しているようですね。デジタル疲れが来ているのかもしれません。デジタルの便利さを追求しつつも、アナログの良さに惹かれるのは、人の性(さが)なのでしょう。人間がこの本能的なアナログ感性をもつ限り、AIが人間を凌駕するとされるシンギュラリティーは起きないものと思います。

以上

文責: メディア学部  松永 信介

2020.01.16

 

2020年1月26日 (日)

漢字文化に見る60(六十)という節目

2020年1月25日 (土) 投稿者: メディア社会コース

少し時代と地域は変わりますが、前回に続いて60進法に焦点を当てます。中国発祥の漢字に目を向けてみましょう。日本には紀元5世紀頃に中国から漢字が伝来しましたが、それとともに暦や方角に関する様々な考え方や慣習、宗教感なども伝わってきました。その暦関連に、前回のブログの冒頭で触れた干支があります。しかし、われわれ日本人は、干支=十二支(子・丑・寅・…・酉・戌・亥)と捉えがちです。実際には、干支の“干”は十干(じっかん)、“支”は十二支という中国由来の概念体系にそれぞれ依拠しています。いずれも紀元前の中国で誕生しました。

前者の十干の方は、少し馴染みが薄いかと思いますが、甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)・…と続く漢字系列を見たり聞いたりしたことがあると思います。十干の名の通り、10の漢字が使われます。また、この十干の各漢字には、二文字ごとに語尾を少し変化させて表現する別称があります。具体的には、甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)、辛(かのと)、壬(みずのえ)、癸(みずのと)です。

ブログの内容が漢字の話にシフトしているように感じられているかと思いますが、ここから60進法の話に戻ります。干支はこの十干と十二支を組み合わせることで、暦(年)を60で回すシステムになります。例えば2020年は、十干でいう庚(かのえ)の暦であるとともに、十二支でいう子(ね)の暦に当たります。それゆえ、それらを連ねて庚子(かのえね)の年と捉えます。話の筋が少し見えてきたのではないかと思いますが、十干の10と十二支の12を組み合わせると、いくつの単位ができるでしょう?

この問題の結論を出す前に、自分の誕生年の干支を考えてみるとよいでしょう。十二支はおそらくわかっていることと思います。馴染みのない十干のヒントですが、2000年は十干で庚(かのえ)です。十干は10年で一巡するので、当然2020年と同じになります。一年ずれる1999年は己(つちのと)で、2001年は辛(かのと)となります。皆さんの誕生年の干支はわかりましたか?

さて、先ほどの十干の10と十二支の12を組み合わせると…という問いに戻りますが、1012の最小公倍数である60が答です。先ほど2020年の干支が庚子であると言いましたが、前回の庚子は1960年で、次回の庚子は2080年ということになります。

古来の中国では、60年という時間幅を人生の一つの節目と捉える向きがあります。これが還暦です。干支とうまく合致した論理的な考え方で納得できますね。ちなみに、120年は大還暦とよばれます。漢字を通して見えてくる60進法も雑学として知っておくとよいかもしれません。

以上

文責: メディア学部  松永 信介

2020.01.15

2020年1月25日 (土)

疎遠なようで身近な摩訶不思議な60進法

2020年1月24日 (金) 投稿者: メディア社会コース

10進法(10進体系)の話が続きましたので、今回はこれまた身近な60進法について雑多な話をしたいと思います。いまの世の中では10進法が主流ですが、1分=60秒、1時間=60分、1日=24時間(12×2)、1月≒30日(60/2)1年=12月=365日(≒30×12)のように、時の長さを捉える際に60やその子分ともいうべき12という数がしばしば使われます。実は、12も意外と身近な存在で、星座や干支は12種で構成されていますし、ダースは12個を繰り上げた単位ですね。

この60進法は、古代メソポタミア文明にその起源を遡ります。メソポタミアが紀元前3000年頃に栄華を迎えた世界四大文明の一つであることはご存知のことと思います。いまのイラクのチグリス河とユーフラテス河に挟まれた地域に興隆した文明です。この黎明期を支えたのはシュメール人で、この民族が60進法を考案したというのが定説です。

当時のシュメール人にとって、ほぼ定期的に起きる自然現象(昼夜の入れ替わり、潮の満ち引き、など)や天体現象(月の満ち欠け、黄道上の星座の巡回、など)は、それが短期であれ中長期であれ、時間感覚を誘因する相対指標となっていました。その際、60は現象の変化を細かく整理するのに非常に都合のよい数だったのです。というのも、この数がその特性として、123456、10、12、15、20、30、60という多くの約数をもっていたからです。約数が多いということは、分割にバリエーションが生まれるということですので、時間を細分表現するのに便利であるという先人の知恵があったものと思われます。そして、この知恵はやがて、時を表す絶対指標の日時計とよばれる文明の利器を誕生させました。

ちなみに、この日時計の話とも大いに関係があるのですが、小学校で円の1周を360°と習います。この360という数は、暦との関連が古くから指摘されています。月の干満のサイクルを塑望周期と言いますが、これは約30日で、それが1年に12回観察されるという経験知から、まずは1年のサイクルを概算で360日と考えるようになりました。そして、同じ一巡りとしての円の1周に360°が採用されるようになったと言われています。日めくり的に円周上をずつ歩むと、1年間でおおよそ元の位置に戻るという道理です。当時としては、Witに飛んだ(機転の利いた)発想ですね。

以上

文責: メディア学部  松永 信介

2020.01.14

 

2020年1月24日 (金)

小さな数を表す十進体系

2020年1月23日 (木) 投稿者: メディア社会コース

前回は大きな数の十進体系の話をしましたので、今回は逆に小さな数の十進体系がどうなっているのかを、昔の単位などを紹介しつつ、綴りたいと思います。

なお、小さな数だからといって、負の数に話が及ぶということはありません。まず、ここは大前提です。1を基軸とし、その110の冪(整数乗)で整理される10進体系は、いくら値が小さくなっても、0を下回る(負の数になる)ことはありません。このことは、この先の話でそれほど意識する必要はないのですが、念のため補足しておきます。

ところで,大きな土地や建造物の大きさを捉える際に、東京ドームやテニスコートを例えとして、それの何個分というような表現をしたりしますよね。受け手側としては、そのドームやコートの広さの認識がないとその例えは意味のない情報ですが、知っていれば規模の相対感覚を作用させ、イメージ構築は機能します。

一方で、小さなものに対する例え表現というのはあまり多くありません。細い繊維素材に対して、髪の毛の100万分の1というような表現を通販などで聞いたことがありますが、そもそも髪の毛の太さの感覚が身近な情報なのかどうかという根源的な問題があるように思います。

さて、前回のブログでは、一、十、百、千、万という10進体系がまずでき、その後、大数表現の効率化としての万進法(億・兆・京・垓…)が誕生したという話をしました。

実は、小さい方向の10進単位も少しマイナーではありますが、分(0.1に相当)、厘(0.01に相当)、毛(0.001に相当)、…という一連の漢字表記の体系が存在します。“分”は誰もが日常で馴染んでいるものです。体温を測ったときに、378分(8ブ)と言いますよね。また、厘や毛というさらに下位の単位は、とりわけ野球好きな方は、打率表現などで用いられるので馴染みがあることと思います。

さて、日本では江戸時代に「塵劫記」という和算書が編纂されました。この中で、小さい方の10進単位についての言及があります。そこでは、分、厘、毛、糸、忽、...が紹介されています。興味深いのは、さらに少し先に進んで、10-9の単位として使用される“塵”や10-10の単位として使用される“挨”です。これらは日本語ではチリとホコリです。掃除のために入念に部屋を遮断しても入ってくる塵と挨は、今も変わらず小さな厄介者ですね。

以上

文責: メディア学部  松永 信介

2020.01.13

 

2020年1月23日 (木)

002(≒ 0182) おめでとうございます

2020年1月20日 (月) 投稿者: メディア社会コース

せわしくも令和初の年末年始が過ぎ去りました。個人的には1年前の年末年始とはとくにその違いを覚えなかったのですが、街中は新年号に移ったということで幾分明るいムードであったように感じられました。

さて、ご承知のように、日本人は数字と日本語の語呂合わせが好きです。この語呂合わせは、パズルや印象(記憶)付けをねらいとした遊び心から来るものであり、古来より何かと使われてきました。そして、その遊び方には“数字→日本語”と“日本語→数字”という大きく2つの流れがあります。

前者(数字→日本語)の典型例として、歴史的事変などが起きた年を音読した際に生まれる響きをカナとして起こすというものが挙げられます。私が小中学生の頃は、鎌倉幕府の発足を「1192年(イイクニ)作り」として覚させられました。今でも脳裏に焼き付いているので、単純な暗記学習としての一定の効果はあったものと思います。ただ、現行の歴史の教科書では、鎌倉幕府発足の年が1185年と記されています。実は近年、鎌倉幕府に関しては、歴史家・関係学者による史実の見直しがなされ、最近ではこの1185年が定説となっています。そして、その後にすぐに始まったのが、この年の語呂合わせです。もちろん政府公認にではないですが、いろいろなアイデアが出てきてほどなく落ち着いたのは、鎌倉が四方を山に囲まれていることから生まれた「1185(イイハコ(箱))作り」です。よくできていて、覚えやすいでいですね。

また、(数字→日本語)の別の例としては、無理数の概数把握のための語呂合わせがあります。例えば、√2(=2.2360679…)→“富士山麓オーム啼く…”、π(=3.14159265…)→“産医師異国に向こう…”などです。少し無理はあっても漢字まで入ると印象に残り、復唱がしやすくなります。

一方、後者(日本語→数字)はどうでしょう。通販などでは、電話番号をうまく語呂合わせして問い合わせを増やそうとする努力をしています。というよりかは、もとよりそういう番号を申請取得していますね。 “悩みなし→78374”(基本)、“おしゃれ→0480”(応用)、“いい品/よい品→11474147”(ハイブリッド型?)などです。

さて、このブログのタイトルの落ちは見えましたでしょうか。002は、令和2(年)のことです。そして、こちらの方が世には浸透しているようにも思いますが、0182018は、令和を“れいわ”と仮名表記する際に自然に想像できるものです。その後の2は、002と同様の月名の飾りです。

本年が皆様にとって良い年でありますように!

以上

文責: メディア学部  松永 信介

2020.01.10

2020年1月20日 (月)

ヒトの寿命の異常性を哺乳類の心拍数からひも解く

2019年12月 2日 (月) 投稿者: メディア技術コース

こんにちは。メディア学部健康メディアデザイン研究室の千種です。

今回はヒトの寿命が哺乳類の中で異常であり、それを哺乳類の心拍数という視点で説明してみたいと思います。高校生や大学生の皆さんは大型動物の方が小型動物よりも心拍数が遅いことを知っている人も多いと思います。これに関連して、ローチェスター大学名誉教授の秋山俊雄氏が、哺乳動物の心拍数と寿命の間に興味深い関係があることを分析した米国ハワード・ヒューズ医学研究所のBeth Levine博士の研究を紹介しています。この論文( http://new.jhrs.or.jp/pdf/education/akiyamalecture07.pdf )では、大型動物は小型動物に比べて心拍数が少なく、寿命が長い傾向があるという分析結果を提示しています。

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上図は、横軸に平均寿命、縦軸に心拍数を対数プロットしたグラフです。両者の間には、ヒトを除いて、直線関係の法則があり、心拍数が早い小型動物よりも心拍数が遅い大型動物ほど寿命が長いことがわかります。例えば、体重30gの小型動物のマウスの心拍数は500[bpm](beats per second、一分間あたりの心拍数)以上で、寿命は約 2年になっていますが、30150[t]のクジラの心拍数は1520[bpm]で、寿命は 3032年、56[t] のゾウの心拍数は40[bpm]で、寿命は約70年になっています。

このグラフではヒトだけが例外となっていて、その寿命は大きく右方に位置しています。つまりヒトだけが圧倒的に(異常に)寿命が長いということが分かります。ヒトは文明社会を進化させ、健康管理や医療の恩恵を受けて生活しているので、厳しい自然のなかで暮らす野生動物よりも長生きであると考えられています。つまり、ヒトの進化が寿命の延命化を実現したということになります。また、家猫は、ヒトの家庭環境の中で生きているので、野良猫よりも寿命が長くなる、と同じような意味合いになります。

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下図は哺乳動物の生涯心拍数(Heart beats/Life time)と寿命の関係をプロットしたグラフです。大型動物と小型動物では心拍数は大きく異なっていますが、哺乳動物の一生の間に心臓の脈動の総数を観測すると、それらは (7±5)×10^8 の付近に分布しています。つまり哺乳動物は心臓が約2~12億回程度の脈動ができる寿命の動物であるということが解ります。

これは人生百年時代に近づくとともに健康寿命と平均寿命との差が社会問題化していることに対する新たな気づきになるのではないでしょうか。

2019年12月 2日 (月)

メディア学部ではこんな研究もできる!

2019年11月13日 (水) 投稿者: メディア社会コース

こんにちは、着任2年目・メディア社会コースの森川です。
 
先日、私の研究や卒研室に関する取材記事が本学ウェブサイトに公開されました。
大学進学を目指す高校生の皆さんに是非読んでいただきたいと思います。
 
 
さて、記事の中に、私の研究室で学生が行っている研究を2つほど紹介しました。
今日は他にどんな研究が行われているかを紹介したいと思います。
“メディア”と言えば、コンテンツを「つくる」ことに意識が向きがちだと思いますが、クリエイティブワークだけではコンテンツ・ビジネスは
成立しません。
誰のために何をつくるのか(今の社会にはどんなコンテンツが必要か)、マーケットのサイズはどれくらいで、収益はどれくらい見込めるか、
競合にはどんな相手がいるのか、どんな戦略を取ればいいか、どんな宣伝やプロモーションを行うべきか、などなど、考えるべきことは山ほどあるのです。
そういった、ビジネスサイドの知識を学べるのが、メディア社会コースのカリキュラムです。
クリエイティブワークに対する、プロデュースワークの視点と言ってもいいかも知れません。
例えば、私の研究室では以下のような研究をしている卒研生がいます。
 
 
・深夜アニメ番組のTwitterツイート数を伸ばす要因は?
日本は世界でも珍しく、大人向けアニメが数多く制作されている国です。
子供向けではない分、深夜時間帯にもアニメ番組が放送され、最近では視聴率奪い合いの過当競争に。
先行研究では、深夜アニメ番組の視聴率を上げる要因の一つが、視聴者のTwitterでのリアルタイム・ツイートであると述べられています。
では、リアルタイムのツイート数を増やすにはどういった施策が考えられるのでしょうか。
ツイートを収集し、研究を進めています。
 
 
・ホラー愛好家の特徴とは?
人間にとって本来不快であるはずの「怖い」という感情。
にも関わらず、幽霊やゾンビ、妖怪などが登場するホラーコンテンツをこよなく愛する人たちが存在します。
一体どういう人たちがホラーを好んで見ているのか。
どういう信条や趣味・趣向を持っているのか。
アメリカの研究を元に、日本の現状を明らかにしようとしています。
 
 
・今後、Jリーグを盛り上げていくにはどうすればいいか?
リーグが創設されて27年。
現在のラグビー人気のように、最初こそ大きな盛り上がりを見せましたが、Jリーグ人気はここ数年横ばい状態です。
プロ野球人気が下降気味と言われて久しいですが、まだJリーグはプロ野球人気を超えることができていません。
しかし、Jリーグのチームの中でも、浦和レッズは堅調に業績を伸ばし、熱狂的なファンを生み続けています。
何が浦和レッズの成功要因なのか?
数々のデータから考察を行っています。
 
 
・子ども向け特撮番組のCMを親たちはどう見るか?
番組に出てくるヒーローが登場し、商品の宣伝を行うCMのことを「ホストセリングCM」といいます。
実はこの宣伝手法は、まだ脳が未発達の子どもに大きな影響を与えるとして、多くの国で禁止されていますが、日本では禁止されていません。
法で禁止されていない以上、CMに目を光らせていなくてはいけないのは保護者ということになります。
では、実際日本の親たちはホストセリングCMをどう捉えているのか?
お母さんたちが子どもと一緒になってヒーローを演じる俳優を熱狂的に応援する、ある種特殊な状況を抱える日本において、面白い調査結果が出るかも知れません。
 
 
この他にも、まだまだ多様な研究が行われている森川研究室。
皆さんが興味のあることなら、研究のシーズになると思います。
クリエイティブや技術だけではない、メディアの社会的な一面に、是非目を向けてください。
 
メディア学部メディア社会コースで、やりたいことがきっと見つかります!
 
 
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(メディア学部 森川 美幸)

2019年11月13日 (水)

ACC受賞作にみる広告の仕事の幅の広さ(メディア学部藤崎実)

2019年11月 3日 (日) 投稿者: メディア社会コース

今年も10月に、ACCによる「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」が発表されました。
ACCとは、「All Japan Confederation of Creativity」の略。このACCが日本の広告業界におけるスタンダードな広告賞になります。

例えば、このそのカテゴリーの幅の広さを見るだけで広告業界の仕事の幅がわかるのではないでしょうか。例えば、TVCMなどとは違う部門に目を向けると・・・

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◆◆◆
「マーケティング・エフェクティブネス部門」での「総務大臣賞/ACCグランプリ」受賞作は、TBWA\HAKUHODOによる「注文をまちがえる料理店」です。
こちらは世界的に増えつつある認知症の患者への理解を得るために作られたレストランです。

おわかりでしょうか?
認知症の患者への理解を得るために、ポスターやCMを作るのではなく、認知症の患者さんたちにホールスタッフとして働いてもらうレストランを期間限定で開業するというものです。

「注文をまちがえる料理店」というネーミングのレストランにすることで、注文を間違えても良いことを前提とし、認知症患者との会話やふれあいを通じて、認知症患者の方々とのコミュニケーションの大切さを理解してもらうという試みです。

この取り組みは多くのニュースや報道でも取り上げられて、大きな話題になりました。

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(画像の出所:コンセプトビデオ「rest mis order conceptV JP re」のカットより)

こうしたコミュニケーションデザインは、広告コミュニケーションのあり方やこれからの可能性を示していますよね。

詳しくはコンセプトビデオを是非ともご覧ください。きっとこころが動かされることでしょう
→ 「rest mis order conceptV JP re」

審査委員長の小和田審査委員長は、審査講評として次のように述べています。
「どの作品も素晴らしい中で、特にグランプリになった要因としましては、ソーシャルグッドだったからではありません。現在、SNSを含めちょっとした間違いやうっかりした発言も許さず炎上してしまうというような社会の中で、寛容な空気をつくるといった素晴らしいクリエイティブに より、認知症になっても諦める事なく働くことができるといった変革がおこせたこと、またそれが日本の中でこれからも広がることが期待できるという点で高く評価をしました。AI時代に人だからこそできるマーケティング、今後の一層の拡がりに期待しております。おめでとうございます。
 → http://www.acc-awards.com/festival/2019fes_result/me.html

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【公式】注文をまちがえる料理店

◆「認知症のスタッフを起用「注文をまちがえる料理店」が生む笑顔」(ダイヤモンド社によるビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」の2018.3.26 の記事)

◆注文をまちがえる料理店【特別動画】 (こちらの動画も是非ご覧ください。「できなくても、間違えても、もう一度やればいい」社会のみんながそう思えば、社会全体がもっと良い社会になるのではないか、そう思えてきます。)


◆◆◆
最後に「ACCクリエイティブイノベーション部門」での「ACCシルバー」受賞作をご紹介しましょう。

近年の広告業界は、商品やアプリの企画・開発も企業に提供しています。
受賞作のこどものやる気を引き出すために開発されたIoTペン「コクヨ 宿題やる気ペン」は、企業と生活者(この場合は子どもや保護者)の間を結ぶアイテムとして、広告コミュニケーション的な発想のもと開発された商品です。

このペンによって子どものやる気と勉強習慣が高まれば、保護者もうれしいですし、何より子どものためになりますよね!

こちらも「広告を作って商品を売る」のではなく、そもそもあったら「便利なペンを開発」することで、企業が前進するためのお手伝いをする、という好例だと思います。こうした企画・開発にも広告業界の知恵が結集しているのです。

こうした発想が可能なのは、広告は「コミュニケーション」だからです。

「人の気持ちを動かす、人と人をつなぐ、人と人を結ぶ」というコミュニケーションに関するプロフェッショナルが広告人なのです。

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(画像の出所:コクヨの商品サイトより
 https://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/yarukipen/

◆(コンセプトムービー)「コクヨ しゅくだいやる気ペン」

◆コクヨ しゅくだいやる気ペン 製品の使い方

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(画像の出所:コクヨの商品サイトより https://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/yarukipen/


いかがでしょうか。
広告は商品を売るためにある、とお思いの方が多いと思いますが、今や広告会社が商品開発も行う時代になっているのです。
プロトタイピングデザインというジャンルも広告業界の取り組みのひとつとして、大きな流れになっています。

広告業界は常に拡張しているのです。
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【今回は広告業界について全7回の連載でした。どれも興味深い内容ですので他の記事も是非ともご覧下さい】
↓ ↓

>広告業界の仕事の実態は、なぜ、あまり知られていないのでしょうか(メディア学部藤崎実)
>「広告」と聞くと不快なものを思い浮かべる人へ(メディア学部 藤崎実)
>広告業界からのゲスト講義①/データクリエイティブ/SOOTH吉澤貴幸さん(メディア学部 藤崎実)
>広告業界からのゲスト講義②/広告映像のおもしろさ/AOI Pro.加藤久哉さん(メディア学部藤崎実)
>広告業界からのゲスト講義③/ファンと一緒に行うアンバサダーマーケティグ/東京工科大OB吉田慎さん(メディア学部藤崎実)
>広告業界からのゲスト講義④/新時代の広告クリエイティブ/東急エージェンシー野澤直龍さん(メディア学部藤崎実)
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(メディア学部 藤崎実)

2019年11月 3日 (日)

より以前の記事一覧