雑感

島学会

2026年1月30日 (金) 投稿者: メディア技術コース

2026年1月22,23日の二日間、沖縄県宮古島にて開催された「情報処理学会デジタルコンテンツクリエーション研究会」(以降「DCC研究会」)に参加してきました。今回は残念ながら自身や指導学生の発表はなく、学会の運用担当としての参加となりました。

毎年1月、DCC研究会は情報処理学会の「コラボレーションとネットワークサービス研究会」(CN研究会)、「コンシューマ・デバイス&システム研究会」(CDS研究会)と合同で研究発表会を実施しているのですが、研究会関係者の間では通称「島学会」と呼んでいます。というのも、1月の合同研究会はいつも離島で行うことになっているからです。2024年は淡路島、2025年は奄美大島で実施されており、今年は宮古島となりました。

学会は大学や企業などの研究者が日本全国から集まるため、負担を分散するために日本全国様々なところで実施されます。とはいえ、離島というのは誰にとっても行くのはちょっと大変な場所です。そういう意味では、学会が開催されるということは珍しいものと思われるかもしれません。しかしながら、実際のところ「あまり行けない場所」というのは人気が高いもので、この島学会は年々参加者が増加してきています。実際、DCC, CN, CDS での研究発表会は島学会の他にも年に数回行われているのですが、どの研究会でもこの島学会の参加者が一番多くなってきています。

宮古島は、数キロ離れたところに「伊良部島(いらぶじま)」「池間島(いけまじま)」「来間島(くりまじま)」といったさらに小さな離島と群島をなしているのですが、それらの島と無料の橋がつながっているんですね。せっかくなので各島をぶらっと巡ってきました。以下の写真は宮古島や伊良部島で撮影した海岸の様子です。

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(メディア学部教授 渡辺大地)

2026年1月30日 (金)

どこから現れた?問題について

2026年1月 5日 (月) 投稿者: メディア技術コース

朝早く起きると「おはよう時代劇」という枠で「暴れん坊将軍」(1978年~2003年放映の全11クールあるTV時代劇、全部で八百何十話あるらしい)をやっている。最終クールまで放映されて終わった?と思っても、また、途中のクールの回にいつのまにか戻るという放映方針らしく(終盤のクールから突然初期の回に戻ると暴れん坊がより元気に暴れるのですぐに分かります)、特番でつぶれない限りいつ見てもやってる印象だ。他チャンネルの「わぁ」とか「まぁ」とか、やたら驚嘆するテレビショッピングを見るよりはと、天気予報代わりにつけている。

(なお、この時代劇「暴れん坊将軍」には、”伝説回”と呼ばれる回もあって、「敵方が全部過去の亡霊で、成敗した後、死体が跡かたなく消える」幽霊の祟り回や、「八王子に巨大彗星が落ちてくる」という民衆大パニック回もあるので、興味ある方は根気よく早起きして観ると良い。)

さて、毎回見ていると気になる演出がある。それは終盤で悪者が善人を手に掛けようと刀を振り被った瞬間、どこからともなく開いた扇が飛んできて、その行為を阻止するという「何者だ!?」という大立ち回り直前の場面だ。大抵はその扇が飛んできたあとで、けっこう遠方から暴れん坊(将軍)がゆっくり姿を現す場面になる。

気になるのは「扇をどこから投げたか」という部分

悪者にすごいピンポイントで当ててダメージを与えているにも関わらず、暴れん坊と結構な距離がある。開いた扇をひらりと飛ばすにはかなりの技術が必要なはずで、その脅威の正確性は置いておいても、その「遠く離れた距離感」と「飛んでいくスピード」がなんだか合わない気がして仕方がない。



このような、考えるとなんだかおかしい演出は、映像作品を観ているとよくある話だ。

多分、この ”違和感を感じる度合い” というのは、視聴者が作品を観ている間に頭の中に形成する ”作品世界の中のリアルの度合い” が関係している。頭の中に ”その映像作品に応じたリアルな描写世界” が形成されると、その世界観に反する描写を見たときに違和感を感じるのだ。最初の「暴れん坊将軍」に話を戻すと、意外とリアルさも伴う時代劇的なチャンバラ(殺陣:刀を振るという動作は一応物理法則に従っているように見える)が基準の世界観に頭が仕上がっている中、その世界観にそぐわない、物理法則に反した妙な飛び方の扇が目立つ、という考え方もできる。

他にもこういうドラマで気になるのが、登場するキャラクタが「どこから現れたか?」という問題だ。よくよく考えると、特撮モノの怪獣が突然町中に現れたり、ヒーロー物の怪人が突然被害者を襲ったりする事象は変だ。それでも違和感もなく納得して見ているのは、視聴している間に「この映像作品の世界では、それは当たり前のこと」と意識レベルの ”リアルさ” が変化していることに他ならない。この「作品内では当たり前」という感覚が作品内で崩れるとき(つまり自分でルールを決めたのに、自らそれを破った場合)、私たちはそこに違和感を感じる。
この「どこから現れたか?」問題で、最近見てて違和感を覚えたのは、劇場用アニメの「果てしなきスカーレット(’25)」で、主人公がピンチの場面に、颯爽と助っ人が現れるシーン。よく考えればこのアニメ作品の舞台は現実世界ではないので、破綻しているわけではないのだが、そこまで繰り広げてきた土地描写と武器を利用したリアルな立ち回りで、「この映画は通常の戦闘空間の話」という認識が頭の中に作られてしまい、ひらけた空間で突然敵に気づかれずに現れる助っ人を唐突な印象にしている。

(なお、「突然現れる」ではなく、逆にヒーローが延々遠くから戦闘に走ってくるのになかなか現場に着かない、と言うギャグが「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル(’75)」にあったのを思い出す)。


映像作品の世界観描写がリアルな世界に近ければ近いほど、物理法則の省略やご都合主義的な展開に対する違和感は増していくように思う。1_20260105081901 これは、アニメ作品が実写映画になったとき(=リアル世界に近づいた分)、細かい挙動の矛盾が気になるという現象に近い。感性情報処理の世界では”不気味の谷”という概念があるが、これは、対象物が抽象化したものから現実のものに近づくにつれて、細かい差異が目に付くようになるという現象である。映像作品の ”リアルさ” が増すにつれて、中で行われる挙動や物理法則の「現実との乖離」が気になってくる。これをちょっと図示してみると右図のようになるだろうか。

世界観がリアルなのに ”表現がいい加減” な場合、違和感が生じる。これは作品の世界観のリアルの度合いに応じて、演出に許容される「いい加減さ」が変化することを示す。世界観の "リアルさ" と作品世界の演出上の "リアルさ" が一致していれば、その作品に違和感は生じない。ゆるい世界観の作品であれば、中の物理法則がそのゆるい世界観よりもさらにルーズなものでない限り、顕著な違和感は生じない。世界観の中で想定される "リアルさ" よりも一段ゆるい描写が作品内にあった場合に ”なにかが違う”とわたし達は思うのだ。ただし、この逆で、 ”描写が精緻な物理法則に則っている” のに "世界観が抽象的でゆるい" 場合は、実はさほど違和感は生じないように思う。(たとえば「リンダはチキンが食べたい!(’23)」というアニメだと、表現方法は抽象的で、動きはリアルだが、さほど違和感はない)

と、ごちゃごちゃ私見を書いてみましたが、要は作品世界内のリアルさと、描写上のリアルさが一致していないと微妙に感じるというお話です。


(以上 文責:永田明徳)

2026年1月 5日 (月)

画像生成AIのメイキング全部見せます:イラスト DE ゆく年くる年(第3回/全3回)

2026年1月 2日 (金) 投稿者: メディアコンテンツコース

本ブログをご覧の皆様,こんにちは.

メディア学部教授 菊池 です.


馬のイラストは、こうして生まれました
― 画像生成AIメイキング(くる年編)―

年末に紹介した「蛇のイラスト」に続き,今回は 「馬」をモチーフにしたイラスト のメイキングを紹介します.

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本企画 「イラスト DE ゆく年くる年」 の締めくくりとして,この馬のイラストには「くる年」への思い を込めています.


「くる年」をどう表現するか

蛇のイラストでは,年末らしい静けさや内省の雰囲気を大切にしました.
それに対して,馬のイラストで意識したのは

・前に進む力
・しなやかさと強さ
・未来へ向かうポジティブな気配

といった要素です.
「走る」「駆け抜ける」といった分かりやすい動きだけでなく,これから始まる一年への期待感 が自然に伝わる表現を目指しました.


主役は「勢い」ではなく「関係性」

今回のイラストでは,馬そのものの迫力を前面に出すよりも 人物と馬の距離感や関係性 を丁寧に描くことを意識しています.
寄り添う構図,穏やかな表情,やわらかい空気感.
そうした要素を通して,「力強さ」と同時に 安心感や信頼感 が感じられるイメージを組み立てていきました.


トーンと雰囲気を整える

画像生成AIを用いた制作では,細かな調整の積み重ねが重要になります.
今回も,

・全体の色調を整える
・光の強さを抑える
・情報量を整理する

といった調整を繰り返しながら,新年らしい 明るさと落ち着きのバランス を探っていきました.
華やかさがありながら,どこか静かで,長く眺めていられる—— そんな一枚を目指しています.


完成したイラストについて

完成した馬のイラストは,蛇のイラストとあわせて 東京工科大学メディア学部公式 Instagram に掲載しています.

https://www.instagram.com/tut_media.official/p/DSzsufikYcW/?img_index=1

年末の蛇のイラストと見比べながら,「ゆく年」と「くる年」の違いを感じてもらえたら嬉しいです.


新しい年へ

画像生成AIは,表現の可能性を広げてくれるツールのひとつです.
しかし,その使い方や方向性を決めるのはやはり人間の側にあります.

今回の「イラスト DE ゆく年くる年」が,表現を考える楽しさや新しい年に向かって何かを作り始めるきっかけとして,少しでも伝われば幸いです.

本年も,メディア表現や制作の現場について,さまざまな形で発信していきたいと思います.

どうぞよろしくお願いいたします.


文責:菊池 司

2026年1月 2日 (金)

画像生成AIのメイキング全部見せます:イラスト DE ゆく年くる年(第2回/全3回)

2025年12月31日 (水) 投稿者: メディアコンテンツコース

本ブログをご覧の皆様,こんにちは.

メディア学部教授 菊池 です.


蛇のイラストは、こうして生まれました
― 画像生成AIメイキング(ゆく年編)―

前回の記事では,年末年始の企画として制作した「イラスト DE ゆく年くる年」 の全体像を紹介しました.
今回はその続編として,「蛇」をモチーフにしたイラスト がどのような考え方のもとで制作されたのか,そのメイキングを簡単に紹介します.

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「蛇」というモチーフの捉え方

蛇は,今年の干支です.
古くから,再生や循環,内省といった意味を持つ存在としてさまざまな文化の中で描かれてきました.

今回のイラストでは,干支としての分かりやすさよりも年末という時間が持つ「静けさ」や「振り返り」 をどのように表現できるかを意識しています.
派手さよりもどこか落ち着いた空気感や,見る人が立ち止まって眺めたくなるような雰囲気を大切にしました.


イメージを言葉にするところから始める

画像生成AIを使った制作では,まず 「どんなイメージを作りたいのか」 を言葉として整理するところから始まります.
今回の蛇のイラストでは,

・全体のトーンを抑えること
・視線や佇まいに物語性を持たせること
・爬虫類が苦手な人もいるので,蛇そのものが強く主張しすぎないこと

といった点を軸に,少しずつイメージを組み立てていきました.


調整の多くは「引き算」

制作の過程で意識したのは,要素を増やし続けることではなくどこまで削れるか という点です.
色数を抑える,情報量を整理する,主役以外の存在感を控えめにする.
そうした調整を重ねることで,画面全体の印象が落ち着き,結果として蛇の持つ緊張感や静けさがより伝わるようになります.


完成したイラストについて

完成した蛇のイラストは,すでに 東京工科大学メディア学部公式 Instagram に掲載しています.
完成したイラストはこちら

https://www.instagram.com/tut_media.official/p/DSzsufikYcW/?img_index=1

まずは完成したビジュアルを見ていただき,その上で「どんな考え方が背景にあるのか」を想像しながら,このメイキングを読んでいただければと思います.


表現は「試行錯誤の積み重ね」

画像生成AIは便利なツールですが,一度の操作で完成形が生まれるわけではありません.
イメージを言葉にし,結果を見て考え,また少し調整する——
その繰り返しの中で,表現は少しずつ形になります.

今回の蛇のイラストも,そうした 試行錯誤の積み重ね の中から生まれた一枚です.


次回は「馬」をモチーフにしたイラスト のメイキングを紹介します.
「くる年」を象徴する存在として,蛇とはまったく異なる発想で構成した作品です.

どうぞお楽しみに.


文責:菊池 司

2025年12月31日 (水)

画像生成AIのメイキング全部見せます:イラスト DE ゆく年くる年(第1回/全3回)

2025年12月29日 (月) 投稿者: メディアコンテンツコース

本ブログをご覧の皆様,こんにちは.

メディア学部教授 菊池 です.

年の瀬が近づくと,「今年もあっという間だったな」と感じる方も多いのではないでしょうか.
そして年が明ければ,また新しい一年が始まります.

そんな節目のタイミングに合わせて,今回は少し趣向を変えて「イラスト DE ゆく年くる年」 と題した制作を行ってみました.


蛇と馬で、年末年始を表現する

今回制作したのは,「蛇」と「馬」 をモチーフにした 2 枚のイラストです.

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蛇は,今年の干支.そして馬は,次の年へと勢いよく駆け出していく存在として選びました.

これらのイラストは,すでに東京工科大学メディア学部公式 Instagram にも掲載しています.
https://www.instagram.com/tut_media.official/p/DSzsufikYcW/?img_index=1


まずは完成したビジュアルを見ていただいた上で,「どんな考え方で作られているのか?」を感じてもらえたら嬉しいです.


画像は「結果」,大事なのは「考え方」

今回の制作には,画像生成AI(Midjourney) を用いています.
ただし,出来上がった画像そのものよりも,実はその裏側――

・どんなイメージを言葉にしたのか
・どんな要素を足し,どこを削ったのか
・なぜその表現を選んだのか

といった 「考え方」や「組み立て方」 にこそ,メディア表現としての面白さがあります.


メイキングは,あえて3回に分けて紹介します

そこで今回は,制作のメイキングを3回に分けて紹介していくことにしました.

・本日(12月29日):企画の背景と全体像
・12月31日:蛇のイラストはどのように作られたのか
・1月2日:馬のイラストに込めた考え方と構成

それぞれ,「プロンプトをどう考えたのか」「画像生成AIとのやり取りをどう組み立てたのか」といった部分をできるだけ具体的に紹介する予定です.


表現を“作る”ということ

画像生成AIは,とても便利な道具です.
しかし,それを使って何を作るのか,どう見せるのかは結局のところ人間の側に委ねられています.
年末年始のちょっとした企画ではありますが,「表現を考えるプロセス」 そのものを楽しんでいただけたらと思います.

次回は,「蛇のイラスト」のメイキング を詳しく紹介します.

どうぞお楽しみに.

文責:菊池 司

2025年12月29日 (月)

相磯秀夫先生を偲ぶ会

2025年12月15日 (月) 投稿者: メディア技術コース

メディア学部の寺澤です。

私たちのメディア学部は1999年にスタートしました。その初代学部長で第3代学長も務められた相磯秀夫先生が2025年9月7日に亡くなられました。本学では、2025年10月24日を「故 相磯秀夫先生を偲ぶ日」と定め、それぞれの立場で相磯先生を偲びました。

これとは別にメディア学部では有志が企画して2025年11月22日に相磯秀夫先生を偲ぶ会を八王子市内で実施しました。この会には今もメディア学部や学内に在籍している教職員、退職された教職員、初期のメディア学部卒業生が参加しました。

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私は当日司会を担当しました。黙祷、藤澤公也先生による相磯先生の紹介、第2代メディア学部長を務められた清原慶子先生による「送る言葉」に続き、参加者による献花、第3代学部長を務められた山口治男先生による献杯が行われ、会食・懇親となりました。

そこでは、相磯先生の思い出を語りながら、久しぶりに会った退職教職員や卒業生の間で和やかな会話が交わされ、旧交を温める場ともなりました。途中、渡辺大地先生による大学及びメディア学部の近況紹介、そして、OB教員の山際和久先生や卒業生の竹内さんによるそれぞれの近況報告などがありました。最後は現学部長の三上浩司先生によるあいさつで閉会となりました。

メディア学部を企画し、初代学部長としてその礎を築かれ、また、学長として本学の発展に尽力された相磯秀夫先生の偉大さを改めて実感するとともに、メディア学部と本学の今後についても思いを新たにする機会となりました。

(メディア学部 寺澤卓也)

2025年12月15日 (月)

スマートグラス元年はやってくるか

2025年11月 7日 (金) 投稿者: メディア技術コース

メディア学部技術コースの盛川です。

ここ最近、スマートグラスやAIグラスといったメディアデバイスに関するニュースを目にする機会が増えています。
2025年9月のMeta Connect 2025でMetaが発表したMeta Ray-Ban Displayをはじめとして、AppleがApple Vision Proのアップデート版を10月に発表し、日本でも10月末にシャープが約200gのHMDを発表するなど、グラス型、HMD型のデバイスの開発のニュースが続いています。

Meta Ray-Ban Display(Meta社YouTubeチャンネルより)

おそらく来年にかけて多くのグラス型デバイスが登場し、今年か来年はスマートグラス元年と呼ばれるような年になるかもしれません。このようなデバイスが普及するかどうかは今後の動向次第ですが、その変化を観察すること自体が興味深い時期にあるといえるでしょう。

ただし、新しいメディアやデバイスが流行することと、日常に定着することは必ずしも同じではありません。例えば2010年は立体テレビが多くのメーカーから発売され、「3D元年」と称された年でした。これからは立体映像の時代が来るという宣伝文句のもとで、家電量販店などでテレビやモニターが売られていたのですが、その後一般家庭でその技術が定着するには至りませんでした。

とはいえ、立体映像そのものが消えたわけではありません。現在でも海外映画を中心に立体映像作品は制作・公開され続けており、その表現が効果的な分野では技術が活かされています。重要なのは「メディアの特性をどのように活かすか」という点であるといえます。

スマートグラスも同様に、どのような使い方が効果的であるかを理解し、そのためのサービスやコンテンツが整えば、普及する可能性は十分にあります。むしろ、その有効な使い方をいち早く見つけようと試みる企業や開発者、クリエイターたちが、いま競い合っている最中です。そうした人々の試行錯誤や競争が、後のメディア史の一部として残っていくでしょう。

私たちは、その歴史を今まさに直接体験していることになります。現在起こっているメディア技術の発展に触れながら、5年後、10年後の社会や日常が、どのように変化するのかを想像してみるのも楽しいと思います。

 

2025年11月 7日 (金)

映画「トロン」の新作を観てきた

2025年11月 3日 (月) 投稿者: メディア技術コース

突然、秋を飛ばして冬になったような体感の今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

先日、ふと思い立ってディズニー映画の「トロン:アレス」(2025年)を劇場で観てきました。レイトショーの回だったからか、人はまばら。吹き替え版も上映期間が終わって、劇場公開の規模は縮小しているようです。世間の興行的にはどうだったのでしょうか。

さて、「トロン」という映画、1作目は1982年に公開された映画で、CGが映画作りに導入された歴史では一つのエポックメイキングな作品です。

この旧作「トロン」は配信で観ることもできるので興味ある方は是非観てみて下さい。ただし、私見ですが、マイコン大好き少年だった私が公開当時に見た記憶では妙に子供向けでピンとこなかった印象もあります(中盤までは世界観を楽しめるのですが、徐々に映像に慣れてしまって飽きてくる感じでしょうか? そしてハードなSF感はぐるぐる回るヒラメ顔のラスボス造形で台無しに…)。

この第1作目、当時の興行成績も今一つ振るわなかったらしく、ディズニーの実写絡みのSF映画の制作はいったんここで打ち止めになったそうです。1980年代というとスター・ウォーズのヒットを受けて大SFブームが起こっており、猫も杓子も殺人鬼も怨霊も宇宙に出たりビーム兵器を打ち鳴らしていた時代(参考例:「スペース・キャット」('78年 猫)、「ザ・ダーク」('79年 殺人鬼)、「マニトウ」('78年 怨霊))。なので、ディズニー的にも狙ったのでしょうが、この作品の前の大赤字の黒歴史作品「ブラックホール」('79)でかなりの痛手を被った経営危機の時代でもあったようです(なお「ブラックホール」は映画音楽で初めてデジタル録音を試みた映画だそうな。「ブラックホール」も007シリーズで知られるジョーン・バリーの楽曲はカッコいいのです)。

さて、この1982年版の「トロン」、興行成績はさておき、当時の技術的な力業と独自なデザインの世界観など、見どころが多いのも確かです。”ライトサイクル”と呼ばれる丸っこいバイクやら、”レコグナイザー”と呼ばれる変な門みたいな偵察機など、今見ても独特です(余談ですが、このレコグナイザー(偵察機)は、前述の大コケ大作「ブラックホール」の敵役ロボット"マクシミリアン"のデザインを参考にしているという話もあるそうです。変なデザイン~と思った人は形を見比べていただけると納得すると思います)。
コンピュータ内の世界の描き方もモノクロ撮影に彩色したドラマパート(かなりの手間と工程をかけているらしい)など、モノクロに蛍光色が乗っている感じで、下手に現実の実写世界に近くない分、異世界な印象を残します。線画主体の世界の見せ方も当時のスペックの制限からの描写なのでしょうが、逆に他では見ない表現になっており、新鮮に感じる次第。
この”電脳世界”的な表現は、CG技術が上がった続編以降では、妙に世界をリアルに作りこみすぎて普通のコスプレアクションになっており、物理法則に従わないオリジナル作品の方が魅力を感じるのですが、皆さんはいかがでしょうか。

さて、1作目、当時の裏話的なものがあるのかな?とインターネットのデータベース(IMDB)を見ていたら当時の計算機のスペックが出ていました。

>使用されたコンピュータの1台は、メモリがわずか2MB、ストレージ容量も330MB以下だった

今の皆さんから見たらどうでしょう。ギガバイトが普通になった昨今から考えると時間の流れを感じます(ただし、当時のマイコン(パソコン)のスペックはkB(キロバイト)の世界が普通だったので、これでもかなりの高性能のコンピュータということになります)。

ーー

さて、最新作「トロン:アレス」の話を少ししておくと、懐かしい部分もあり、結構楽しめました。でも、やっぱり物が美麗に高精細になりすぎると他のヒーロー物作品と変わらなくなってしまう印象です。(前作(「トロン:レガシー」(2010年))では、グリッド世界の中で雨とか降ってたはずなのに、今回はそれがないことになってるのか?とかも気にもなりましたが…。)で、映像技術が進歩した昨今ではカッコいいっぽいものを見慣れてしまい、人は”見慣れてる”映像には感銘を受けなくなる”のかなあ、とも思った次第。
あとオリジナル1作目にあったシンセサイザー音楽の良さが無いのも寂しい気がしました(オリジナルのウェンディ・カーロスの楽曲はハッタリが効いてて好きなのです)。

ところで、いつも思うのですが、よく悪者が使ってるディスプレイ一体型の、平面でキーストロークがないキーボード。あれって使いにくいんじゃないかな。

(以上文責:永田明徳)

2025年11月 3日 (月)

赤青眼鏡(アナグリフ)の話

2025年8月15日 (金) 投稿者: メディア技術コース

1年生の前期にある”視聴覚情報処理”という授業の中で"立体視"の話をする機会があった。

人間の視覚は結構いい加減で、左右の目に入る映像のズレを人工的に作ることでいわゆる”立体を見ている”という感覚を騙して作り出すことができる。これがいわゆる”立体視”というもので、対象までの距離が変わらない平面にもかかわらず、奥行きの間隔が生じる。

この原理で左右に”視差”を考慮した画像を見せて立体風に見せる技術は結構古く、写真が発明されてからちょっとしたおもちゃで実現されていた(1860年代にはすでにあったとか)。

映画の歴史的にもこの”立体視”を利用した作品は目新しさも手伝って、1950年代、1980年代、2010年代あたりの30年周期でいわゆるブームが起きている。虎が襲ってきたり、モリが突き出たり、ギロチンがこちらに飛んでくるなど、特殊効果の臨場感的な目新しさもあるが、特に1950年代だと、当時のスター俳優が立体で見られるのが、全般的な映画ファンとしてはなんともありがたい(例えば、「ダイヤルMを廻せ!(1954)」のグレース・ケリーや、「キス・ミー・ケイト(1953)」のアン・ミラーの華麗なタップダンスなど、動く様を立体で見ることが出来る。)

さて、安価な立体視の装置として、アナグリフという技術がある。年齢が上の方ならなじみがあるかもしれないが、いわゆる赤青のフィルターを左右に入れたメガネである。
左右の赤青のフィルターを通して両目に視差を伴う違う映像が入ることで、見ているものを立体に感じる仕組みだが、筆者が子供の頃は安易に作れるため、雑誌の付録などによく付いていた。”高級な”劇場の立体映画はもっぱら偏光板で左右の目の映像を切り替えるものが多いが(その分設備が必要)、赤青というのは眼鏡を配ればよいだけなので、特別な設備は必要ない。ただし見ていて疲れやすいので、”お手軽”さを前面に出した売り方も多い印象だった。(一部、映画では赤青眼鏡方式の3Dを使った劇場用映画として、ロバート・ロドリゲス監督の2000年代の「スパイキッズ3ーD:ゲームオーバー(2003)」「シャークボーイ&マグマガール 3-D(2005)」あたりはあります。もっと古くには「飛びだす冒険映画 赤影(1969)」のような”東映まんがまつり”的なプログラムの中の作品もあり)。

なお、映画館の観客席にギミックを持ち込んだウィリアム・キャッスルの「13ゴースト(1960)」などのように、観客に赤青のセロハンフィルターを配り、”どちらを通してスクリーンを見るか”で、見える映像が変わる、という立体視以外の使い方がされた例もあるようです(”イリュージョン・オー”とか名付けた手法だそうな)。

さて、赤青眼鏡の映像は左右の目に入る映像の色をそれぞれの色(赤フィルタ:左目で青色の画像が見え、青フィルタ:右目で赤色の画像が見える)にすればよいので比較的簡単に(安価に)制作できる。
実際の画像例をこのページに載せておくので、興味がある人は眼鏡を作って試してみると良い。下の映像は単純に赤青二つの立方体の間隔を変えたGIF動画である(クリックで動くかも)。

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この画像、赤青眼鏡をかけずに見ていると単純だが、眼鏡をかけて試してみると画面の中にひとつの立方体が浮かぶような感覚が生じる。ただ、観察するともう一つの効果に気が付く。つまり、立体視をしている時の感覚として、同じ大きさのものが手前に来る場合と、奥に来る場合で、その大きさの実感が(画面上の大きさは変わらないにもかかわらず)変わるのだ。奥に行くほど立方体を大きく感じ、手前に来るほど立方体が小さく感じる効果が生じる。この現象はつまり、脳内で遠くにあるものほど”実際の大きさは大きく”近くにあるものほど”実際の大きさは小さい”という自動判定がなされていることに起因する。まあ、自然界ではその推論は当たり前なのだが、”騙された”視覚体験の後に、眼鏡をはずしてスクリーンに投影されているだけの2次元の映像を見るとなんとも奇妙な感覚になる。

(以上文責 「視聴覚情報処理の基礎」担当 永田)

2025年8月15日 (金)

日本広告学会「クリエーティブフォーラム2025」企画運営・実行委員として(メディア学部 藤崎実)

2025年7月 7日 (月) 投稿者: メディア社会コース

みなさん、メディア学部の藤崎実です。

2025年5月17日(土)に近畿大学東大阪キャンパスで、日本広告学会主催の「クリエーティブフォーラム2025」が開催されました。
私はその実行委員として参加してきました。

「クリエーティブフォーラム」は毎年違うテーマが掲げられるのですが、今回のテーマは、「AIと新しいメディアでクリエーティブはどう変わるのか」でした。
テーマの趣旨を抜き出すと以下です。

新しいテクノロジー(AI)とメディア(TikTokなど)が台頭する中、クリエーターはどう向き合うのかが問われている。従来のマスメディアを活用したクリエーティブを展開してきたクリエーターと、AIやTikTokを活用したクリエーティブを展開しているクリエーターとの議論を通じて、今後のクリエーティブに必要なポイントを考察していきたい。

Kinnki

広告業界は、時代の潮流を常にアップデートしていく点に特徴があります。
実際に現在のクリエイティブに様々なAI技術が取り入れられているとのこと。

今回のフォーラムは、昨今話題のAIの活用に着目した大変充実した内容でした。

大変勉強になりました!

委員長:川村洋次先生(近畿大学)、副委員長:池田定博先生(電通)、実行委員(五十音順) :青木慶先生(甲南大学)、井上一郎先生(江戸川大学)、大内秀二郎先生(近畿大学)、弦間一雄先生(大阪経済大学)、瀨良兼司先生(近畿大学)、藤崎実(東京工科大学)

(メディア学部 藤崎実)

2025年7月 7日 (月)

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