高校生向け

授業紹介:メディア専門演習「映像と音楽・音響デザイン」(その3)

2026年10月 2日 (金) 投稿者: メディアコンテンツコース

メディア学部の伊藤です。

前回は「練習映像」での成果物をご覧いただきましたが、シリーズ最終回の今回は、最終発表のお題の「課題映像」に音付けした成果物をご紹介します。

「練習映像」は10〜20秒程度の短いものでしたが、「課題映像」は1分前後の長さがあり、シーンの転換や様相の変化もあるので、時間の経過に沿ってどのように音を付与するか(あるいは付与しないか)デザイン的な思考が求められます。また、映像を見てサウンドのイメージを広げることも大事です。そのため、「課題映像」では実際に音付けする前に「課題映像の分析シート」を受講生に配布し、映像にどのようにアプローチするか検討する時間をとっています。

このシートは次の項目があります。

 (1) 映像を観て感じたこと
 (2) 映像を観て抱いたイメージ
 (3) 映像から想起されるストーリー
 (4) 付与する音楽・音響の意図・狙い

シートの下半分には、映像をいくつかの部分に分割して、それぞれの内容やサウンドの付与についてのアイデアを記入する表が用意されています。


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「課題映像」への音付けの作業では、「グループディスカッション」が2回実施されます。「映像に合う・合わない」といった表面的な判断ではなく、受講生が互いに音付けの意図を説明し、表現の可能性について意見交換します。

ディスカッション後のアンケートでは、「自分のイメージとは異なる視点をもらえて勉強になった」「一人で作業して行き詰まっていたので相談できて良かった」「自分では違和感があると思っていたところが、それほど不自然でないと言ってもらえて安心した」「DAW経験者に自分が知らない機能を教えてもらって助かった」などの好意的な感想が多く、非常に有意義だったようです。

さて、上記の制作プロセスを経てどのような音付けがなされたのでしょうか? どの受講生もユニークなアプローチで音付けを行なっていますが、今回はその中から4名の成果物を掲載します。また、映像からどのようなことを感じ、イメージしたのか、学生が書いた内容の抜粋も記載しましたので併せてご覧ください。


「渋谷 上から見たスクランブル交差点」

【E.Y君】
(1) 映像を観て感じたこと:特別な様子はない。厚い雲がかかっている。交通量は少なく、平日っぽい。
(2) 映像を観て抱いたイメージ:大気、雲、湿った、日常、交通、信号機、雨、穏やか
(3) 映像から想起されるストーリー:いつもと変わらない大きな出来事もないような日。空がどんよりしている。
(4) 付与する音楽・音響の意図・狙い:ドラマチックな展開ではなく、テンポも遅めのゆったりとしたものを付与したい
*シーンの分割:4つ


【K.K君】
(1) 映像を観て感じたこと:人の数、白線に乗る車、隙間ないビル、曇り空。窮屈そうで息が詰まりそうな感覚を覚えた。
(2) 映像を観て抱いたイメージ:良いイメージはあまりない
(3) 映像から想起されるストーリー:自分がここにいるなら、端的な音が聴きたかった。粛々と世間が進んでいる。
(4) 付与する音楽・音響の意図・狙い:ピアノソロのための環境音。映像の解像度を上げる。少しの明るさを最後に。
*シーンの分割:6つ


【S.Hさん】
(1) 映像を観て感じたこと:規則的な動きが息苦しそう。バイクだけ自由さを感じた。日に照らされて建物や人が前向きに見えた。
(2) 映像を観て抱いたイメージ:無機質で秩序的。予測ができない群衆のエネルギー(自由さ)。バイクは唯一無二な異質感がある。
(3) 映像から想起されるストーリー:毎日の規則的な繰り返しは息苦しい→徐々に不規則になり、バイクの動きを起点に開放→自由な群衆→群衆がそれぞれの建物へと前向きな気持ちで進んでいく
(4) 付与する音楽・音響の意図・狙い:社会の規律性や重苦しさを伝える。群衆の開放とポジティブ感。
*シーンの分割:6つ


【N.M君】
(1)映像を観て感じたこと:思ったよりゆったりとした動きをしている。画の変化が大きい。
(2)映像を観て抱いたイメージ:どちらかというと無機質。散乱、乱雑なイメージ→「何もなさそうだけど何かありそう」
(3)映像から想起されるストーリー:何気ない日常が、ふとしたことで「実は何かを見落としているんじゃないか」と思わせるような感じ
(4)付与する音楽・音響の意図・狙い:シーン2での留めと、人・車の対比を作る。電子とアコースティックの中間。サウンドによる物語の付与。
*シーンの分割:5つ


4名の成果物をご覧になっていかがでしたでしょうか? 映像の時間が長いこともあって、「練習課題」と比べてサウンドの表現の違いが大きく、それぞれの独自性が明確に感じ取れると思います。一見すると無機的な印象の渋谷の風景が多様な表情を帯びて、映像の前後のストーリーも垣間見えてくるようです。

映像作品の特定のシーンに対して「合う音楽(音)」「合わない音楽(音)」と言われることがありますが、音楽・音響の制作者としてその映像に何を見出すか(あるいは意味を付与するか)によって、どのような音楽(音)も映像に組み合わさる可能性をもち、実際はもっと複雑で多義的だと思います。

例えば、ホラー映画で恐ろしいシーンに明るい音楽が流れたとしたら、むしろ恐怖感が増すと思いませんか? ハッピーエンドで終わるシーンに憂いを帯びたメロディが聞こえてきたら、その後の展開に望ましくない出来事が起こるのではと気になりませんか? もちろん、何でも良いというわけではなく、シーンの内容とその前後の流れを的確に捉えた上で、明確な意図に基づいた表現上の効果を目指す姿勢が求められてきます。映画だけでなく、あらゆる映像作品を対象として、その中で用いられているサウンドに注目するとさまざまな発見が得られることでしょう。

ちなみにこの映像、私は全く違和感なく普通の風景として見ていましたが、受講生の一人から「古い映像ですね」と言われて驚きました。映像のクレジットを確認したところ2006年12月に撮影されたものらしく、考えてみれば今から20年前、つまり受講生が生まれた頃の渋谷の風景なんですね。図らずも演習の課題を通して、自身の年齢や学生との年代の差を強く感じた次第です。(※何度見ても私には古い映像には見えないのですが…。この記事をご覧になっている皆さんはどうでしょうか?)

3回シリーズでお届けしたメディア専門演習「映像と音楽・音響デザイン」の授業紹介は以上となります。これを機に本演習や映像の音楽・音響に興味をもっていただけましたら大変嬉しいです。

(メディア学部 伊藤謙一郎)

2026年10月 2日 (金)

授業紹介:メディア専門演習「映像と音楽・音響デザイン」(その2)

2026年9月30日 (水) 投稿者: メディアコンテンツコース

メディア学部の伊藤です。

シリーズの第2回は、2026年前期の第2クォーターに受講した学生が、お題の映像に音付けした成果物について取り上げます。

以下は「練習映像」のラインナップです。


・第1回:「ホオジロ 枯れヨシにとまる」(渡良瀬遊水地)[10秒]
・第2回:「裏磐梯」(福島)[16秒]
・第3回:「夜の首都高速 移動ショット」(東京)[17秒]
・第4回:「釣り餌をかすめ取るカワハギ しかし勝負は釣り人の勝ち」(千葉・館山)[22秒]


第1回は「鳥」をアップで撮影した動きがほとんどないもの、第2回は「自然」の風景でカメラがパン(水平移動)するもの、第3回は「都市の風景で高速道路を走る車を撮影した動きがあるもの、第4回は「魚」が泳ぐ映像で最後は釣り上げられてしまうストーリー性のあるものとなっています。

今回はこのうち、第2回と第4回の「練習映像」での成果物をご紹介します。(※ちなみに第2回の映像は、授業の4日前に私が現地でスマホ撮影したものです。奥に見えるのは磐梯山(の裏側)、森の陰から見える手前の湖沼は中瀬沼です)


「裏磐梯」

【K.K君】


【N.Hさん】


【N.K君】


「釣り餌をかすめ取るカワハギ しかし勝負は釣り人の勝ち」

【U.Yさん】


【S.Rさん】


【N.M君】



同じ映像でも、付けられた音で印象がだいぶ変わりますね。学生によってお題の映像からイメージしたことの違いも音に表れていて面白いと思いました。

このように学生たちが音を付けて提出した動画ファイルは、毎回、私が全員分をまとめて1つの動画ファイルにし、次回の授業冒頭で上映してフィードバックを行なっていました。そうした場を通して、映像へのサウンドの付与にはさまざまな可能性や在り方があることを実感してもらえたようです。

次回は、最終発表のための「課題映像」での成果物をご紹介します。

(メディア学部 伊藤謙一郎)

2026年9月30日 (水)

授業紹介:メディア専門演習「映像と音楽・音響デザイン」(その1)

2026年9月28日 (月) 投稿者: メディアコンテンツコース

メディア学部の伊藤謙一郎です。

私のこれまでのブログ記事では、「音楽入門」「音楽創作論」など講義科目を主に取り上げてきましたが、今回は3回にわたり、演習科目の「映像と音楽・音響デザイン」の授業内容と受講生の成果物をご紹介しましょう。

「映像と音楽・音響デザイン」は2025年9月から始まった新しい演習で、ちょうど1年が経ちます。それまでは2001年から続く「作曲演習」が音楽系の演習として開講されていましたが、新カリキュラムへの移行に伴い、7回の授業で完結する演習に改変することとなったため、短期間で制作が体験できるよう「作曲演習」とは異なるアプローチの演習を始めることとしました。

音楽系の演習であるものの、演習名が示す通り「映像」に基づいて音楽や音響を制作する点が「作曲演習」と大きく異なります。映像を専門的に学ぶ学生や音楽経験のない学生も無理なく取り組めるような内容となっており、実際にそのような学生が受講を機に音楽制作に関心をもってくれるのは担当教員として嬉しい限りです。

以下は本演習の各回の内容です。(※本演習の詳細はシラバスのページで検索すると閲覧できます)


第1回:授業概要説明/DAWの基本操作(1)/練習映像(1)へのサウンド付与
第2回:DAWの基本操作(2)/練習映像(2)へのサウンド付与/課題映像の分析
第3回:DAWの基本操作(3)/練習映像(3)へのサウンド付与/課題映像へのサウンド付与検討
第4回:DAWの基本操作(4)/練習映像(4)へのサウンド付与/課題映像へのサウンド付与(1)
第5回:DAWの基本操作(5)/課題映像へのサウンド付与(2)/グループディスカッション(1)
第6回:課題映像へのサウンド付与(3)/グループディスカッション(2)
第7回:課題映像にサウンドを付与した作品の発表と講評/まとめ



主な内容としては、「DAW(音楽制作ソフト)の操作」「映像へのサウンド付与(音付け)」「グループディスカッション」の3つに分けられます。

DAWはほとんどの学生が初めて触れるので、操作方法や機能についてまとめた独自資料を用意し、資料に基づいて教員が操作するPC画面を教室前方のスクリーンに投影しながら丁寧に説明します。DAWの知識がある学生に対しては、希望があれば発展的な使用方法もレクチャーします。

映像に音を付ける課題は、10〜30秒ほどの「練習映像」と、1分ほどの「課題映像」の2つがあります。「練習映像」は、多様な映像(自然、都市、人物、動物、植物、朝・昼・晩、色合い、被写体の動きの有無、シーン変化の有無、カメラワークなど)を題材に、各回で学んだDAWの機能を活用しながら音付けのノウハウを身につけていきます。最終回での発表のための「課題映像」は、いくつかのシーンから構成される映像を題材としています。単に音を付けるだけでなく、各自が映像の様相を分析した上で、どのシーンにどのような音を入れるべきか(あるいは入れないか)を意識しながら制作に取り組みます。

グループディスカッションの時間は、受講生を2〜3名ずつグループに分け、各グループ内の学生同士で互いの音付けの内容について感想を述べたりアドバイスをしたりします。同じ映像でも人によって捉え方が異なるので、そうした違いから制作上のさまざまなヒントを得られると学生からは好評です。

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次回のブログでは、第2回および第4回授業での「練習映像」による受講生の成果物をご覧いただきましょう。お楽しみに!

(メディア学部 伊藤謙一郎)

2026年9月28日 (月)

◆オープンキャンパスで東京工科大学を体験しよう!(メディア学部 藤崎実)

2026年9月17日 (木) 投稿者: メディア社会コース

みなさん、メディア学部の藤崎実です。

今年も夏のオープンキャンパスは大盛況のまま終わりました。
このブログでは2027年に向けた予告編として今年のオープンキャンパスについてお話をします。

東京工科大学では、当大学に興味がある高校生や保護者に向けて、様々なコンテンツを用意してみなさんをお待ちしております。

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今年大人気だったのは「ドクターストーン」とのコラボレーションです。
画像は入り口に展示されたのぼりです。
このキャラクターの前で記念写真を撮る学生がたくさんいました。

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電気自動車や、テクノロジーを活用した様々な取り組みの展示があります。
東京工科大学は、未来の社会をさらに楽しくする取り組みを始めています。

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2027年も、様々なコンテンツを用意してみなさんをお待ちしています。
それではみなさん、また来年のオープンキャンパスでお会いしましょう!
(メディア学部 藤崎実)


 

2026年9月17日 (木)

オープンキャンパスを終えて思ったこと

2026年8月26日 (水) 投稿者: メディア技術コース

渡辺です。みなさんこんにちは。

報告が少し遅くなってしまいましたが、8/2 に行われたオープンキャンパスにて研究室展示を担当しておりました。今回は体験授業等の担当はなく、研究室展示のみでしたので気楽にいたのですが、実際には大変忙しい思いをすることになりました。というのも、この日はたまたまゲーム関係の出し物や研究室展示が私の研究室以外にはなく、ゲーム系について見学を希望していた見学者が集中して来訪したためです。

展示では私は原則として案内役に徹し、実際の説明や質問応答は研究室学生にやってもらいました。そもそも、オープンキャンパスの研究室展示はあまり教員は出しゃばらない方が良いと考えています。というのも、オープンキャンパスで見学者が知りたいのは「この大学に入ると自分は成長できるのか?」ということであり、先生が色々話すよりも在学生が話す何がずっと説得力が高いことになります。

それはそれとして、非常に多くの高校生のみなさんやその親御さんに来ていただき、多くの質問もいただきました。この質問がこちらとしても大変参考になるものであり、本当に「貴重なご意見」となります。以前から今に至るまで非常に多い質問として、「勉強についていけるかどうか」の心配があります。メディア学部は世間的にはやや理系よりとしての認識があるようですが、実際のところ理数系科目に苦手意識を持つ学生も多く入学してきます。研究内容では数学やプログラミングを駆使したものもあるので、「理数系が苦手でも大丈夫ですか?」という質問は昔からとても多いです。これについての返答は一言で言うなら「ケースバイケースですね」となってしまうのですが、今回の本題とは外れるのでまた別の機会で詳しく議論したいと思います。

今年の特色としては、やはり AI に関する質問がとても増えてきたというものです。AI の普及により何が変化しているのかとか、AI によって今やっていることが無駄になるのではとか、そういった将来に関する不安を感じている人も多いなという印象でした。実際のところ、AI が普及することによって求められる人材像も変化があるのは確かですが、では具体的にどのような人材が重要となっていくのか、どういった人が淘汰されるようになるのかはまだ現時点ではなんとも言えないところで、重要なのは「易きに流れる事なかれ」ということでしょうね。AI を怠慢するためのツールとしてしか活用していないと、自身の価値を損なっていくのは確かです。

あと、印象的というか意外な質問として多かったのが、「忙しくないですか?」ということでした。昨今の大学生は大学の勉強や研究で非常に忙しいというイメージがあるようで、それを心配しての質問ということですね。たまたまかもしれませんが、そのような意図の質問が多かったそうで、展示担当学生達も驚いていました。

1980年代、90年代あたりの大学生は「勉強せずに遊んでいる」というイメージがかなり先行しており、「レジャーランド大学」なんていう流行語もありました。私もそういった時期に大学生活を過ごしていたこともあり、多少わからないでもないです。その時代に比べると、今の学生の方が勉強しているのというのはその通りかもしれません。しかしながら、じゃあイマドキの大学生がみんな「勉強で忙しくて遊んでない」というのはちょっと言い過ぎかなと思います。個人差のあることで一概に言えませんが、昔ほどではないにしろ、やはり大学時代というのは高校までや就職後に比べると自由な時間が一番ある立場だと感じます。遊ぶにしろ、勉強するにしろ、働くにしろ、あるいは何もしないにしろ、自発的に選べるということです。もちろんサボった人にはそれ相応の報いはやってきますが、それも含めて自身で選択できる時期です。入学した学生には、自分の選択を満喫してもらいたいと思います。

(メディア学部教授 渡辺大地)

2026年8月26日 (水)

2026年8月23日オープンキャンパス出展報告①

2026年8月25日 (火) 投稿者: メディアコンテンツコース

みなさんこんにちは。

メディア学部の栗原です。

 

本日から2回にかけて、8月23日(日)に行われたオープンキャンパスについて報告します。

私は今回片柳研究所で出展しておりましたので、そちらの様子を紹介します。

 

本日は4Fのコンテンツ・テクノロジー・センター(CTC)で行われたプロジェクト演習(と社会連携プロジェクト)の東京ゲームショウ2026出展へ向けたゲーム展示と三上・栗原研究室の研究展示についてです。

ゲーム展示や研究展示について、毎回たくさんの来場者のみなさまにお越しいただいておりますが、今回も多くのみなさまにお越しいただき、ゲームを遊んでの感想などをいただくことができました。

 

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今回を含め、これまでいただいたフィードバックを受けブラッシュアップを行い、9月17日からの東京ゲームショウへ向けて開発はラストスパートになります。

ぜひ東京ゲームショウへお越しいただき、遊んでみてください。

 

また、研究展示にもとてもたくさんの方にお越しいただき、卒研生の研究デモを体験していただきました。

こちらは冬から春の学会発表に向けて研究を進めていくことになります。

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本日の報告はここまでとなります。

3年生や4年生の今後にぜひご注目ください。

2026年8月25日 (火)

2026年8月23日オープンキャンパス報告

2026年8月24日 (月) 投稿者: メディア技術コース

メディア学部の盛川です。

8月23日(日)に、8月最後となるオープンキャンパスが行われました。公式サイトでの情報はこちらをご覧ください。

朝はやや肌寒さを感じるほどでしたが、湿度が高く、日中は気温も上がって蒸し暑い一日となりました。そのような中でも多くの方にご来場いただき、私の研究室紹介でも、多くの方にデモを見ていただくことができました。

私の研究室では、「新しいメディアに対する人間工学」をテーマとして、これまでの卒業研究の取り組みなどを紹介しました。なかでも、これからどのようなメディアが普及していくのかといったことに興味を持ってもらえるよう、できるだけ実際にデモを体験してもらえるようにしました。

例えば、スマートグラスやMRを使ったコンテンツなどを実際に体験してもらうことで、新しい技術への興味や関心を持ってもらえればと思っています。特にApple Vision Proの体験は好評でした。


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ただコンテンツを楽しむだけでなく、「自分ならどんなものを作りたいか」「どんな使い方をしたら面白いか」とイメージを膨らませることで、メディア技術に興味を持ち、同時にメディア学部で学んでみたいという気持ちにつながってもらえればと思っています。

オープンキャンパスでは、このほかにもCM動画の制作や生成AIの活用についての体験講義などが行われました。メディア学部では、さまざまな分野の研究が行われています。自分が学んでみたい技術や知識がないか、こうしたオープンキャンパスの機会を利用して探してみるのも面白いと思います。

 

2026年8月24日 (月)

私って,こんなに優柔不断だったっけ?

2026年8月21日 (金) 投稿者: メディアコンテンツコース

本ブログをご覧の皆様,こんにちは.

メディア学部教授 菊池 です.

最近,ちょっとしたことでもAIに聞くことが増えました。
文章を書いていて,「この表現,どっちがいいかな?」。何かを考えていて,「ほかにもっといい案はない?」。仕事で迷ったときにも,「あなたならどうする?」。

AIはすぐに答えてくれます。しかも,「Aの方がいいと思います。なぜなら……」と理由まで丁寧に説明してくれる。便利なので,ついつい聞いてしまいます。
でも,あるときふと思いました。

「私って,こんなに優柔不断だったっけ?」

以前なら,自分で考えて「よし,これでいこう」と決めていたようなことまで,最近はAIに「これでいいよね?」と確認している気がするのです。
もちろん,AIに相談すること自体が悪いとは思いません。自分では思いつかなかった選択肢を出してくれたり,別の視点を与えてくれたりする。私自身,毎日のようにAIを使っています。

ただ,「相談すること」と「決めてもらうこと」は,同じではありません。

AIが便利になればなるほど,知らないうちに私たちは,「考えること」だけではなく,「決めること」までAIに渡し始めているのかもしれません。

AIを使っていると,選択肢を出してもらう場面が増えます。タイトル案を10個出してもらう。文章を何パターンか作ってもらう。企画案を比較してもらう。買い物や旅行でも,「どれがおすすめ?」と聞けば,それぞれの特徴まで整理してくれます。
これは本当に便利です。自分一人で考えていたときよりも,短い時間でたくさんの選択肢を検討できるようになりました。ところが,選択肢が増えるほど,今度は「どれを選ぶか」で迷うことがあります。

すると,またAIに聞きます。「この中なら,どれが一番いい?」
AIは,そこにも答えてくれます。
気がつくと,選択肢を作るところから,それを比較して,最後に一つを選ぶところまで,すべてAIにお願いしている。便利になったはずなのに,自分で決める場面はむしろ減っているとしたら,少し不思議な話です。

もう一つ気になるのが,AIは単に「Aがいいと思います」と答えるだけではなく,その理由までとてもきれいに説明してくれることです。

Aがおすすめです。理由は3つあります。」

そう言われて,もっともらしい理由が並んでいると,「なるほど。じゃあAにしよう」と思ってしまいます。しかも,文章は論理的で,自信ありげに見えることもあります。

でも,本当はAとBのどちらを選ぶかは,自分が何を大切にするかによって変わるはずです。スピードを優先するのか,完成度を優先するのか。価格なのか,使いやすさなのか。それとも,理屈では説明しにくいけれど「私はこっちが好き」という感覚なのか。

AIは,それぞれの特徴を整理したり,比較したりすることにはとても役立ちます。でも,「あなたは何を大切にしたいのですか?」というところまで,AIに決めてもらう必要はないように思います。

そこで最近,私はAIに何かを相談するとき,「正解を教えてもらう」というより,自分が判断するための材料を増やしてもらうと考えるようにしています。
例えば,候補をいくつか出してもらう。それぞれのメリットとデメリットを整理してもらう。自分が良いと思っている案に対して,あえて反対意見を出してもらう。そうすれば,自分一人では気づかなかった視点を加えたうえで考えることができます。

ここまでなら,AIはかなり頼りになる相棒です。

でも,材料がそろったあとに「では,どれにするのか」を決めるのは,自分でいたいと思います。もちろん,自分で決めれば間違えることもあります。でも,自分で選んだのであれば,「なぜ自分はこれを選んだのか」「何を見落としていたのか」と,失敗した理由についても考えることができます。

逆に,最初から最後までAIに決めてもらっていたら,うまくいかなかったときに「AIがそう言ったから」で終わってしまうかもしれません。それでは,AIを使って効率化はできても,自分自身の判断はあまり鍛えられないような気がします。

AIは,これからもっと便利になるでしょう。私たちの代わりに情報を集め,候補を作り,比較し,「これがおすすめです」と提案してくれる場面も,ますます増えていくと思います。
だからといって,その便利さを遠ざける必要はありません。私自身,これからもAIにはたくさん相談するでしょうし,自分では思いつかなかった選択肢や,自分とは違う意見もどんどん出してもらいたいと思っています。

ただ,その先にある「私は,これにする」だけは,自分のところに残しておきたい。

最近,何でもAIに聞いている自分を見て,「私って,こんなに優柔不断だったっけ?」と思ったことから,そんなことを考えるようになりました。
AIがどれだけ賢くなっても,私たちまで「正解を出す機械」になる必要はありません。迷ってもいいし,ときには間違えてもいい。それでも,自分なりの理由を持って最後に決める。

AIに相談する。でも,最後に決めるのは自分。

今のところ,私はそのくらいの距離感がちょうどいいと思っています。

2026年8月21日 (金)

2026年8月2日オープンキャンパス報告(2)

2026年8月20日 (木) 投稿者: メディアコンテンツコース

こんにちは。メディア学部の椿です。8月2日のオープンキャンパスでは多くの研究室が公開を行いました。

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研究棟Cだけでも20の研究室です。来場者は廊下から研究室を少しのぞいてみて、中を見学するかどうかを決めていらっしゃるようでした。廊下では学生スタッフが案内していましたが、興味をもって頂けるように廊下のディスプレイを工夫している部屋もありました。授業や研究の内容ももちろんですが、学部の雰囲気を伝えるのも大事だなと廊下を歩きながら思いました。

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メディア学部の雰囲気はこんな感じです!!

2026年8月20日 (木)

AIを使ったアウトプットって、不安にならない?

2026年8月19日 (水) 投稿者: メディアコンテンツコース

本ブログをご覧の皆様,こんにちは.

メディア学部教授 菊池 です.

最近、学生たちと話していて興味深いことがあります。
彼らは当たり前のようにAIを使っています。
レポートを書くときも、企画を考えるときも、プレゼン資料を作るときも、まずAIに相談することが珍しくありません。

私自身もAIを活用していますし、授業でもAIを積極的に活用するよう勧めています。
ですから、私はAI活用に否定的ではありません。
むしろ、これからの時代にAIを使わない方が不自然だと思っています。

しかし、学生たちと話していると、ときどき気になる言葉を耳にします。
「これでいいんですかね?」
「なんとなく不安なんです」
「自分で考えた気がしないんです」

私はこの感覚がとても興味深いと思っています。

AIを使うことで効率は上がりました。
以前より短時間で質の高い成果物を作れるようにもなりました。
それなのに、なぜ不安になるのでしょうか。

今回は、その不安の正体について考えてみたいと思います。


 

AIを使うことは悪いことなのでしょうか

まず最初に誤解してほしくありません。私はAI活用そのものに反対ではありません。

むしろ積極的に活用すべきだと考えています。

実際、AIは非常に優秀です。
情報収集、文章作成、アイデア発想、画像生成、プログラミング支援など、多くの場面で人間を助けてくれます。
私自身も日常的に利用していますし、研究や授業の準備でも欠かせない存在になっています。

学生がAIを活用することも、ごく自然な流れでしょう。
問題なのはAIを使うことではありません。
私が気になっているのは、AIを使った後に感じる「モヤモヤ」です。


 

なぜか疲れる

心理学や認知科学の分野では、考え続けることで生じる精神的な疲労を「認知的徒労感(Cognitive Fatigue)」と呼ぶことがあります。

通常、私たちは「AIを使えば楽になる」と考えます。
実際、それは間違っていません。

しかし、AIを使うことで別の種類の負荷が生まれることがあります。

AIが生成した文章を読む。
その内容を理解する。
本当に正しいのかを判断する。
自分の考えと比較する。
必要に応じて修正する。

一つ一つは小さな作業ですが、実はかなり頭を使っています。
そのため、「以前より楽になったはずなのに、なぜか疲れる」
という感覚が生まれることがあります。

私自身もAIを長時間使った後に、同じような感覚を覚えることがあります。
これは単なる疲労ではなく、AIとの対話によって生じる新しいタイプの認知的負荷なのかもしれません。


 

完成したのに満足できない理由

もう一つ興味深い概念があります。
心理学者アルバート・バンデューラが提唱した「自己効力感(Self-Efficacy)」です。

簡単に言えば、
「自分にはできる」
という感覚のことです。

人は試行錯誤しながら課題を解決したとき、
「自分でできた」
という経験を積み重ねます。

その結果として自己効力感が高まります。
しかしAIが大部分の作業を代行してしまうと、成果物は完成しても、

「自分がやった」

という感覚が弱くなることがあります。
レポートは完成した。
企画書もできた。
プレゼン資料も作れた。

しかし、「本当に自分の力だったのだろうか」という感覚が残る。

私は、この感覚が不安の一因になっているように思います。
成果物への満足感と、自分自身への納得感は、必ずしも同じではないのです。

不安の正体はAIではないのかもしれない

ここまで考えていて、私はあることに気付きました。

もしかすると、不安の原因はAIそのものではないのかもしれません。

AIはあくまでも道具です。
ハンマーや電卓と同じように、人間を支援するための存在です。

では、なぜ不安になるのでしょうか。

私は最近、「AIを使う前」と「AIを使った後」
に原因があるように感じています。


 

AIを使う前に考えているでしょうか

例えば学生にレポート課題を出したとします。

AIに質問すれば、それらしい文章はすぐに出てきます。

しかし、その前に

「何を明らかにしたいのか」

「なぜそのテーマを選んだのか」

「自分は何を知りたいのか」

を十分に考えていなければ、どれだけ良い文章が出てきても納得感は得られません。

実は、私はAIと壁打ちをしながら考えを整理すること自体は、とても良い使い方だと思っています。
学生の中にも、AIに質問を投げながら考えを整理したり、自分のアイデアを広げたりする人がいます。

それは決して悪いことではありません。

むしろ、AIを思考整理のパートナーとして活用していると言えるでしょう。

大切なのは、AIに考えてもらうことではなく、AIを使いながら自分で考えることなのだと思います。


 

AIを使った後に考えているでしょうか

もう一つ気になることがあります。

AIの出力を受け取った後です。

私たちは、ときどきAIの答えをそのまま受け入れてしまいます。
しかし、本来であれば、

「本当に正しいのだろうか」

「別の考え方はないだろうか」

「自分ならどう考えるだろうか」

と問い直す時間が必要です。

AIが優秀になればなるほど、この作業は重要になります。
なぜなら、人間は正しそうな答えほど疑わなくなるからです。


 

メタ認知という力

心理学には「メタ認知(Metacognition)」という概念があります。

簡単に言えば、

「自分自身の思考を客観的に観察する力」

です。

私は、AI時代に価値が高まる能力の一つが、このメタ認知なのではないかと思っています。

AIの答えを見る。
その答えに納得する。

しかし、そこで終わらず、

「なぜ自分は納得したのだろう」

「なぜ違和感を覚えたのだろう」

と考える。

この一歩が非常に重要です。


 

不安は悪いことではない

ここまで書いてきて、私は少し安心しています。

なぜなら、AIを使った後に不安になることは、必ずしも悪いことではないからです。

もしAIの出力を無条件に信じ込み、何の疑問も抱かなくなったとしたら、それは少し危険かもしれません。

しかし、

「これでいいのだろうか」

「本当に正しいのだろうか」

と感じるのであれば、まだ考えることをやめていません。

その違和感は、自分自身で判断しようとしている証拠です。

私はむしろ、その感覚を大切にした方が良いと思っています。


 

おわりに

AIはこれからさらに進化していくでしょう。

そして、多くの作業を人間の代わりに行うようになると思います。

しかし、その中で価値を失わないものがあります。

それは、

「何を考えるか」

「なぜそう考えるのか」

「その結果をどう評価するのか」

という人間の思考そのものです。

私は最近、

AIを使うことそのものよりも、

AIを使う前と後に何を考えているのかの方に興味があります。

もしかすると、AI時代に本当に重要なのは、AIの性能ではなく、人間の思考との向き合い方なのかもしれません。


文責:菊池 司

2026年8月19日 (水)

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