ソーシャル

私は何者なのだろう

|

10代の後半は、特に「私は何者だろう」ということに悩むといわれています。私が大学生だったときには、多くの学生が青年期の自分について社会学の論文を書いていました。
最近の学生さんは、あまり「自分は何だろう」あるいは「集団から疎外される(集団になじめない)」ということを論文のテーマとして選ぶ方が少なくなったように思います。

しかし、私は友達の集団に対して、あるいは社会の中で何者なんだろうということは、多くの人の悩みでもあります。また、集団になじめないあるいはどうやったら人に好かれるのだろうあるいは集団のあり方がいやなんだけど同調しなければならないということも、私たちの悩みの一つです。

エミール・デュルケームは、今の私たちと同じようにあるいはより動乱の時代に生きた人です。フランス革命の中でユダヤ人だった彼は、社会に過度に同調する人々あるいは疎外される人々、集団から外れる人々の姿を社会学という学問の中で明らかにしました。

私はこれから翻訳する論文では、仲良しであることが多いといわれている女の子同士がどのようにして排除するのか(仲間はずれにするのか)ということを説明しました。

メディア学部の中ではこんなことも研究することができます。

           山崎 晶子

ポーランド,シレジア大学との提携と調印式

|

2017年8月4日にポーランドのFACULTY OF ARTS IN CIESZYN, UNIVERSITY OF SILESIA IN KATOWICEと学部間の提携の調印式を行いました.シレジア大学からは,Prof. Malgorzata Luszczak,Dr hab. Katarzyna Kroczek-Wasilska, Dr Pawel Synowiecの3名がお越しになりました.メディア学部からは,柿本学部長,佐々木教授,飯沼准教授,そして近藤が参加しました.

Dsc_5026

Dsc_5029_2

Dsc_5031

Dsc_5034

Dsc_5037


続きを読む "ポーランド,シレジア大学との提携と調印式"

お話しをしてきました

|

先日労務学会の大会にご招待して頂いてお話しをしてきました。人事や人材管理ということは大変身近な問題ですが、ここまでご研究に触れたことがなかったので、遅ればせながら勉強をしているところです。
量的な研究のご講演もとても勉強になりましたし、とても啓発された素晴らしい日でした。

他の場所で講演することもあると思いますので、お目にかかったときにはこちらのブログを読んだと仰っていただくと嬉しいです。
                         写真は、花を撮影したものです。
                                       山崎 晶子Img_7796

様々な人々に向けてのデザイン

|

町の中の本屋さんは少なくなっている気がします。
以前は、駅前には必ず路面店の書店がありましたが、どの駅にも
あるようには見えません。
その代わりに、大手の通販(EC)や電子書籍が増えています。

本を読むことは、勉強になると一般的に思われていますが、色々な楽しみでもあります。

一般的に、中高年は電子書籍とは遠いと思われがちです。しかし、みなさんもご存じかもしれませんが、中高年の方が多く占める読書会ではタブレットを使って電子書籍を読むサークルも多いそうです。タブレットではフォントの大きさ等を操作できるため、非常に良いという方もいらっしゃるそうです。

このように色々な人々に向けてデザインをすることは、人々がどのように本を読んでいるか、また本を読んでいる時に問題となることは何だろうかということを考えなくてはなりません。

メディアには、人がどのように本を読んでいるかを観察する研究も、デザインを研究する学生もいます。Img_7801

山崎 晶子

先端メディアゼミナール(相互行為分析)

|

先端メディアゼミナールを私も開講していますが、相互行為分析について授業を行っています。
 具体的には、様々な先行研究を輪読しています。私たちは自然なデータをとり、これからそのデータを起こし、分析を行います。
 最初のうちはデータを起こすことはとても大変ですが、だんだんとなれてきて、今までなれていたこと、また見てはいても気づかなかったことが分かってくるようになります。様々な文献を読んでみると、何故このようなことに関心を向けるのか分からなかったのがだんだん理解出来るようになってきます。
 少ない人数の授業ですが、分かってくる過程を見るのは教師である私にとっても幸せです。

                                 山崎 晶子

プロジェクト演習ー相互行為分析入門

|

プロジェクト演習は、メディア学部の特徴です。私の演習は1年生の後期にある「社会調査法」と並行して開講をしています。
多くの演習ほど大きくなく、少人数で、文献を読んだり、ビデオデータを見て検討を行ったりしています。相互行為分析を誰もがよく分かって入るわけではありません。
 でも、この授業を3年間とった学生は、非常に良く分かるようになりました。学会発表なども行った方もいます。
 細かくて時間がかかるのですが、色々な見方をすることの楽しさに目覚める方たちもいます。当然と思っていることを見直すのは、「どうして!」という反発を起こす方もいらっしゃいますが、殆どの方は面白いと思い、卒業しています。

もし興味があったら是非いらして下さい。
                                          山崎 晶子

あなたは「何で」TVを見ますか?

|

■「あなたは<何で>TVを見ますか?」
  別に「理由」を問うているわけではありません。どのような手段で(画面で)TVを見ているかということなので。「当たり前じゃないか。テレビにきまっているだろ」というのは、中高年の反応でしょうね。
  若者はというと、「録画して見る」「動画サイトで見る」「(TV局)のアプリで見る」といったところが多いのではないでしょうか。もちろん「手段」はスマホですね。
  一方、最近はTVで放送している番組がそのままスマホ(アプリ)で見られることをご存知でしょうか。すべての番組というわけではありませんが、ごく最近の例でいうと「浅田真央引退記者会見」は「NHKニュース・防災」アプリで見ることができました。そんな特別な出来事だけでなく、「全国的に荒れた天気 各地の様子をライブで提供」といって、長崎県新上五島町から中継なんてものもありました。
■ネットでTVが見られるのはいつから?
  こんな具合に、TVがある意味で「インターネットに侵入」して来たのはきっかけがありました。「東日本大震災」のとき、すべての地上波TVキー局が災害情報に番組を切り替えた時です。ある視聴者がNHKの画面を撮影して、そのままインターネットの動画配信サイトに流し始めたのです。その動画配信サイト会社は気がついて、「これはNHKに伝えないとまずいな」と考えて(当然著作権の問題があるので)、連絡したそうです。
  その時の反応は、「確かに被災者へネットで災害情報を届ける必要がありますね。ではNHKから直接動画配信をそちらに繋げましょう」という、意外なものだったそうです。「意外」の意味は、放送局を規制する放送法がその時点で、放送内容をリアルタイムでネットに提供することを認めていなかったからです。
  停電した被災地に、ネットで災害情報を届けることは誰でも納得するでしょう。その後、放送法は順次改正され、いまは放送をリアルタイムで(国内向けに)ネットにのせることが可能です。
■TVとアプリに違いはある?
  アプリに話を戻すと、「ロンドンオリンピック・パラリンピックメダリストパレード」のネット中継では、TVの生中継番組の前後つまりスタートから終着まで、パレード全部を見ることができました。「なんだ、それではニコニコ生中継が記者会見を初めから終わりまで全部流すのと同じじゃないか」とおっしゃるかもしれません。
  その通りなのです。これは一種の「TVのニコ生化」といえる状態が生じているのです。
  TV局は、YouTubeやニコニコ動画などインターネット上の映像プラットフォームを、TVより後から登場したメディアとして当初は軽く見ていたところがあります。それが、YouTuberが人気を集め、「ピコ太郎」が世界的スターになり、若者はTVより動画配信=スマホのスクリーンから目を離さない事態に直面して、必死に回復策を考えているのです。そのひとつが、「TVはスマホでも見られますよ」というさまざまなサービスなのです。文字通り、「TVは何でもみられますよ」を目指しているのです。
■未来像を発見する
  ネットの普及で、「TVはネットに置き換わる」という意見もよく聞かれます。しかし、いまだにTwitterで盛り上がる話題の多くはTV発が占めています。TVとネットの関係は、どちらかが勝って終わりという単純なものではなさそうです。
  この絡み合い、競い合う関係はこれからどうなるのか、TVの専門家・ネットの専門家が揃っているメディア学部は、この予測が難しい未来像にチャレンジするのに最適なところです。皆さんも関心を持ってこのチャレンジに参加し、映像メディアの未来を発見しませんか。 (宇佐美亘)

相互行為とメディア

|

相互行為とメディアとは、こちらの卒業研究の名称です。
会議でお互いの意見が対立した時、子供が大人とは異なるルールで活動する時、
人間とロボットはどのようにしたら上手く相互行為ができるのか?
また、移動をしている時、どのようにして止まるのか、どのようにして動き始めるのか。

私が関心を持っていることは、難しく言うとどのように人が相互行為の形態を調整するのかということと、衝突が起こった時どのように調整をするのか、それらの知見をどのように人間と人工物であるロボットやコンピュータと生き生きとコミュニケーションをするのかということです。

それを明らかにするために、テレビ等の放送と異なり、自然な人と人との交流や人とロボットの交流をビデオで撮り、その撮影データを文字に起こし(トランスクリプト)て分析をしています。

言葉だけではなく、身振りや、相互行為が行われている環境や状況が、相互行為を変えていきます。このようなことを詳細に分析するのが、この相互行為とメディアという研究室になります。
                                 山崎 晶子

高齢化社会と受容(1)

|

あまり新年の話題にはふさわしくありませんが、一昨年から高齢化社会につきものの、高齢者と死について公私ともに考えることがありました。
私は、特に、研究としてこのことを考えているわけではなく、むしろ折に触れてゼミなどで話していたのですが、様々な意味で色々な方に共通する話題となると思います。

エリザベス・キュプラー・ロスは『死の瞬間』という非常に著名な本を出版しています。死の受容のプロセスを、否認、怒り、抑鬱、受容としています。実は、社会学でも、患者さんがどのように死を受け止めるのかということは、医学と共同して深く探求されている分野です。そしてこの苦しみのプロセスに私たちはどのように支援が出来るのでしょうか。

もう一つ注目されているのは、患者さんを愛する人たち、多くはその配偶者を中心とする家族や、恋人、友人などの心の痛みです。死に直面する患者さんだけではなく、その家族の看病と苦悩は明らかです。そして、この方たちが、何を思うか、そして語るか、それをどのように聞くかは、研究者としても支援者としても大きな課題です。

どちらの課題も、アンケートをとって何かがわかるわけではなく、むしろ患者さんや家族の方からゆっくりとあるいは手早にお話になりたいことを伺い、真摯に立ち向かうことが必要とされています。社会学では、グランデッドセオリーや私が行っている会話分析という手法が使われることが多いです。

ここでは、ゆっくりとこの高齢化社会の課題となる受容を考えますが、この2年間で得た(あくまでも研究としてではありません)私の結論の一つは、どんなにつらかろうが最後まで前を向いて生きると言うことです。

この結論にむすびつく、受容のプロセスに関しては、またの機会に続いて考察をするために筆を進めようと思います。

 山崎 晶子

遠隔実験をしています

|

私は、現在神奈川県の都市で、ロボットを用いて離れた場所にいる人同士のコミュニケーションを支援する実験をしています。これを遠隔共同作業と言います。
 遠隔共同作業は、ファックスと電話があれば大丈夫と時代を経て、コンピュータやロボットを用いるようになり、さらにスマートフォンやタブレットを使うようになっています。
 今回は、被験者のみなさんがより質の高い社会生活を送ることが出来るように、実験を行っています。気が早いですが、新年にはゼミ生を始めとしたメディア学部の学生と一緒にまた実験を様々な方のご協力の上でします。
 この実験の結果が出次第、またこちらでご報告します、

より以前の記事一覧